魔物との戦いにて
夜が明け、まだ薄暗い時間に野営地はざわめき始めた。
商人たちは荷を積み直し、馬に鞍をつける。俺も焚き火を消し、残った灰を足でならした。
「よし、出発だ!」
ガルドの声に、列が動き出す。
澄んだ朝の空気が心地よく、昨夜の焚き火の余韻がまだ残っているようだった。
(なんだか、冒険者らしくなってきたな……)
街道を進んでしばらくすると、森の奥から低い唸り声が響いた。
「魔物だ!」
姿を現したのは狼型の魔物、五体。牙をむき、連携をとるように馬車の列へ迫ってくる。
「数が多いな……! 前衛、散開しろ!」
ガルドの指示が飛ぶ。
俺は剣を抜き、近くにいた別の護衛冒険者と並ぶ。筋肉質な男で、斧を肩に担いでいる。
「シズク、右は任せる!」
「分かった!」
二体の魔物が俺たちに向かって突っ込んできた。反射的に氷槍を詠唱、一体の足に突き刺す。勢いが鈍った瞬間、斧使いが正面から叩き潰す。
もう一体が俺に牙を剥き、飛びかかる。
「くっ!」
剣を構え直し、横薙ぎに振り抜いた。刃が肩口を裂き、魔物が怯んだところへ再度氷槍を重ねる。今度は首を貫き、そのまま地面に沈ませる。
「ナイス、助かった!」
「おう、こっちもな!」
短い言葉でも、確かな信頼が芽生えていくのを感じた。
中央ではガルドが二体を同時に相手取っていた。
「ガッハッハ! こいつらまとめて来やがれ!」
剣を振るうたびに唸り声が上がり、地面が抉れる。圧倒的な膂力で、次々と魔物を切り伏せていく姿に思わず息を呑む。
一方、左側ではミナが一体を引きつけていた。素早い動きで斬り込み、受け流し、隙を作る。だが魔物も粘り強く、なかなか仕留めきれない。
「氷槍!」
俺は詠唱し、横合いから援護する。氷の槍が魔物の後脚を貫き、動きが止まる。
「今だ!」
ミナの剣が閃き、首筋を断ち切った。魔物は呻き声をあげ、そのまま崩れ落ちる。
「……ありがと」
「おう、いい感じだったな」
短いやり取り。けれど、互いの存在を確かめ合うには十分だった。
五体の魔物は全て倒れ、静寂が戻った。商人たちがほっとしたように肩を撫で下ろす。
「よし、被害なしだな」
ガルドが剣を収め、振り返る。
「シズク、今の動き……なかなかやるじゃねぇか。斧の兄ちゃんとも、ミナとも息が合ってたな」
「必死だったけど、なんとか上手くできて良かったよ」
自然と笑みが浮かぶ。
隣の斧使いが親指を立てる。
「お前、うまく動いてくれたな。また組もうぜ」
「おう、いいぞ」
自然と交わす軽口が心地いい。冒険者仲間との距離が、また一歩近づいた気がした。
昼過ぎ、一行は森を抜けて小さな川のほとりで休憩をとった。馬を休ませ、商人たちが水を汲む。
「さっきの戦闘、落ち着いてたな」
ガルドが水袋を片手に腰を下ろす。
「普通ならあの数で一気に来られたら混乱するもんだ。お前は魔法から剣に切り替えて、最後まで対応できてた。柔軟さは立派な武器だぜ」
「まあ……あの場で考えてる余裕はなかったけど、結果としては悪くなかったかな」
自分でも驚くほど素直にそう言えた。
ミナが火のそばで短く言葉を添える。
「……シズクがいたから、楽だった」
その一言は多くを語らないのに、妙に心に残った。
列は再び動き出し、街道を進む。森を抜ける風は冷たく、けれど気分は妙に晴れやかだった。
(こうして仲間と戦って、商人を守っても……悪くないな)
ふと、馬車の上からラウルが声をかけてきた。
「シズクさん、ありがとうございます。おかげで安心して進めますよ」
「いえ、当然のことをしたまでです。無事に着けるよう、引き続き気をつけます」
今の俺は、少しだけ胸を張って答えられた。




