冒険者ギルドにて
重厚な扉を押し開けた瞬間、熱気が押し寄せてきた。
鉄の擦れる音、酒の匂い、冒険者たちの怒号と笑い声。
現代では決して味わえない混沌が広がり、思わず足が止まる。
「……これが、冒険者ギルドか」
ざわめきの中を進み、受付のカウンターに立つ。
そこにいたのは、栗色の髪を肩で揃えた女性だった。整った制服に、澄んだ碧眼が真面目そうな雰囲気を出している。
「すみません。冒険者登録って...」
「冒険者登録ですね? ではこちらへどうぞ」
彼女――エリナは淡々と手続きを進めていく。
名前や年齢などを記入し、いくつか確認事項に答えると、あっけなく登録は完了した。ついでに宿について聞いておいた。
「これで手続きは終了です。……宿をお探しですか?」
「ええ。どこかおすすめはありますか?」
そう尋ねたあとで、ふと思い出す。
「そういえば、商人のラウルさんから……酒場に顔を出してほしいと頼まれてまして」
「ラウルさんをご存じなのですか?」
エリナが驚いた表情を見せた。
その時だった。
「おおっ! ラウルを助けたってのはお前か!」
背後から豪快な声が響き、振り返ると、白髪交じりの大男が立っていた。片目に古傷を刻んだ風格ある老人――ギルドマスター、ヴァンだ。
「宿を探してるなら、うちの酒場で働けば一石二鳥だろう! 食うのも寝るのも困らん!」
「え、そんな急に……?」
勢いに押されつつも、俺は確認するように言った。
「酒場で働きながら……冒険者もできますか?」
ヴァンは片眉を上げ、にやりと笑った。
「もちろんだ!むしろそうしてくれた方が助かる!」
案内された酒場は、既に冒険者たちで賑わっていた。
ジョッキを掲げ、豪快に笑い合い、テーブルには肉とパンが並んでいる。
その中心にラウルがいて、俺に気づくと手を挙げた。
「今回は本当に助かりました。ありがとうございました。」
そう言いながら革袋を手渡してきた。中には銀貨が入っていた。
「助けてもらった礼に、一杯ご馳走させてください」
木製のジョッキが並べられる。だが、口をつけた瞬間――違和感が走った。
(ぬっ、ぬるい……これが当たり前なのか?)
冒険者たちは気にせず飲んでいるが、俺の感覚にはどうしても馴染まない。
「もし働こうか迷っているなら、一度カウンターに立ってみませんか?」
ラウルの勧めに、俺はうなずいた。
カウンターに立ち、ヴァン爺に酒を注ぐ。
その瞬間、そっと指先に魔力を込めた。
じんわりと冷気が走り、ジョッキの表面に水滴が浮かぶ。
「さあ、どうぞ」
ヴァンがごくりと一口。次の瞬間、目を剥いた。
「お、おおっ……! 冷えてやがる! しかも旨い!」
その声に周囲の冒険者たちも反応した。
「なんだそれは!?」「冷たい酒だと!?」「俺にも寄こせ!」
酒場が一気に熱を帯びる中、ヴァンは豪快に笑い声をあげた。
「ガッハッハ! お前は絶対ここで働け!」
冒険者たちも口々に「働けー!」とコールし、場は大騒ぎになった。
俺は苦笑しつつ、手にしたジョッキを拭きながら小さく呟く。
「……なんだか、流れで決まってしまったな」
そんなことを呟きながら、良い居心地を感じていたシズクは笑顔へと変わっていった。