逆切れにて
その夜の酒場は、いつもよりにぎやかだった。
冒険者たちの笑い声とジョッキのぶつかる音が響く中、カウンターに座ったエリナの様子は少し違っていた。
「……今日、はっきり断ったんです」
ジョッキを片手に、彼女は普段よりも強い口調で言った。
「“私は仕事を優先します”って。そしたら――“もういい!”って逆切れされて……!」
周囲の冒険者がちらりと視線を寄せる。俺は静かにグラスを磨きながら答えた。
「無理に応じなくて正解ですよ。エリナさんが間違ってるわけじゃない」
「……そうですかよね」
そう言って彼女はまたジョッキを傾け、ついにカウンターに突っ伏すようにして眠ってしまった。
閉店後。
俺は酔いつぶれたエリナを背負い、従業員用の部屋へと運んだ。
ベッドに寝かせ、毛布をかけてやると、彼女のまぶたがわずかに開く。
「ん……シズク……」
エリナはまだ酔いの中にいた。
そのまま俺の腕を掴み、寝ぼけたように笑う。
「シズクって……あったかいですね」
彼女の指が俺の腕を撫でるように滑り、さらに胸元へと伸びてくる。
思わず息を呑んだ。
「……エリナさん、酔いすぎです。寝ましょう」
そう言って手を外そうとしたが、彼女は逆に身を寄せてきた。
「ねえ……もし、私が本気だったら……どうします?」
潤んだ瞳がまっすぐ俺を映す。
一瞬、空気が張り詰めた。
俺はそのまま彼女をベッドに押し倒し、顔を近づける。
「その答え……必要ですか?」
エリナの瞳が大きく揺れ、唇がわななき、かすかな声がこぼれた。
「……えっ……あの……えっ―――」
言葉にならない断片が空気に溶け、頬は炎のように赤く染まっていく。
彼女の両手は胸元で宙を泳ぎ、どうしていいのか分からないと訴えていた。
その戸惑いを見て、俺はふっと笑い、額に軽く手を置いた。
「……早く寝てください。起きたら忘れていいですから」
そう言い残し、ベッドから身を離す。
静かに部屋の扉を閉め、自分の寝床へと歩いていった。
残された部屋の中。
エリナは毛布を胸元まで引き寄せ、まだ熱の残る頬を両手で押さえる。
「……シズクにも……こんな一面、あるんだ……」
小さく呟き、顔を赤くしたまま瞼を閉じる。
胸の奥がどくどくと波打つのを感じながら、やがて眠りに落ちていった。
人気の去った酒場。
俺はカウンターに腰を下ろし、グラスを磨くふりをしながら天井を仰いだ。
「ふぅ……今日は疲れたなぁ」
独り言を落とすと、疲れがどっと押し寄せる。
カウンターに突っ伏すようにして、静かな眠りへと沈んでいった。




