護衛依頼にて2
林の中から、牙を剥いた狼型の魔物が三体、低く唸りながら姿を現した。
灰色の毛並みに赤い目。唾を垂らしながら、こちらを獲物と定めている。
「……シルバーウルフ」
ミナが低く呟く。片手剣を抜き、前に出た。
俺も剣を構える。だが心臓の鼓動がうるさいほど大きく響き、握った手が汗で滑る。
昨日習った構えを必死に思い出す。
「来る」
一匹が飛びかかってきた。
「氷槍!」
咄嗟にトリガーワードを叫び、氷の槍を放つ。
鋭い氷が狼の肩をかすめ、動きを止めた。だが致命傷にはならず、唸り声をあげて迫ってくる。
「下がって」
ミナが俺を押しのけるように前に出た。剣が閃き、狼の首筋を裂く。
鮮血が地面に散り、魔物は呻き声を上げて倒れた。
「……悪くない。でも威力が軽い」
「分かってる!」
氷槍は牽制にはなったが、決定力がない。胸の奥で悔しさが込み上げる。
残り二体が同時に襲いかかる。
一体が俺に、一体がミナに。
「くっ……!」
俺は横に転がり、必死に剣を振り下ろした。毛皮を裂いたが、浅い傷にしかならない。逆に体勢を崩した俺の目の前に爪が迫る。
「氷壁!」
反射的に薄い氷の壁を作る。爪が砕き、氷片が散ったが、直撃は免れた。腕に痺れるような衝撃が走る。
「大丈夫?」
ミナの短い声が飛んだ。
「なんとか!」
そう返すと、彼女はすぐ前の狼を切り裂いた。力強くも無駄のない動き。倒れる音が心臓に響く。
残る一体が俺の方に向かう。
喉まで迫る恐怖を必死に押さえ込み、剣を構えた。
「うおおっ!」
渾身の力で振り下ろす。だが動きは遅い。狼は身をひねり、俺の脇腹を狙って飛びかかる。
「シズク!」
ミナの声と同時に鋭い斬撃が走り、狼の胴を裂いた。血飛沫が飛び散り、魔物は力なく崩れ落ちた。
荒い息を吐きながら、俺は剣を地面に突き立てた。全身が震えている。
戦闘は終わった。
林の静けさが戻り、血の匂いだけが残る。
「……俺、役に立てなかったな」
膝に手をつき、俯いたまま漏らす。
ミナは剣を布で拭きながら、短く言った。
「違う。氷槍で動きを止めた。なかったら危なかった」
「……そうか?」
「形にはなってる。まだ足りないだけ」
その言葉が胸に突き刺さる。完全に倒せはしなかった。だが無駄ではなかった、と。
俺は深く息を吐き、剣を握り直した。
(もっと強くならなきゃ……器用貧乏のままじゃ、戦えない)
馬車の中で震える商人が、恐る恐る顔を出した。
「……す、すごい……助かった……」
俺は振り返り、ミナと目を合わせる。
彼女は何も言わず、小さく頷いた。
夕暮れの街道に、再び馬車の車輪の音が響き始めた。




