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護衛依頼にて

 朝の街はまだ眠気を残していた。

 石畳を踏む荷車の音と、荷を積む商人たちの掛け声が響き、門前には出発を待つ人々が集まっている。冷たい空気の中に漂う干し草や獣の匂いが、街の外へ出る仕事の始まりを告げていた。

 俺とミナはギルド前に立ち、依頼主を待っていた。


 今回の依頼は「商人を護衛し、隣町まで無事に送り届ける」もの。冒険者としては基礎的な仕事だが、街道沿いには魔物が出ると聞く。稽古で覚えた剣の構えが、どこまで通用するか。俺は小さな不安と期待を胸に抱えていた。


「おはようございます、お二人とも」


 背後から穏やかな声がして振り返ると、ラウルが荷物のリストを手にしていた。


「今回の依頼主は馴染みの商人です。道中は半日ほどですが、油断は禁物です。……初めての護衛でしたね。どうか無理はなさらず」


「分かっています」


 俺が笑って返すと、ラウルは安心したように頷き、商人との確認に戻っていった。

 そのとき、豪快な笑い声が響いた。


「ガッハッハ! おうシズク、初の護衛依頼か」


 ギルドマスターのヴァンが、腕を組んで立っていた。白髪交じりの髭、片目に残る古傷。体格はまだ大きく、剣士としての迫力を失っていない。


「張り切るのはいいが、若ぇもんは転ぶのも仕事よ。痛みを知ってこそ強くなるんだ」


「……肝に銘じます」


 俺が頭を下げると、ヴァンは大きな手で肩を叩き、笑った。


「ガッハッハ! まあミナが一緒なら心配いらん。しっかり学んでこい。酒場はお前の家だ、無茶して帰って来れなくなったら困るからな」


「はい」


 父のようなその言葉に、思わず背筋が伸びた。


 護衛対象の商人は、丸顔で人の良さそうな男だった。


「今回はよろしくね。荷は酒樽と布地だ。どっちも高いからね。無事に届けられれば、うちのお店も守れるんだ」


 馬車に荷を積み終えると、街門が開かれ、俺たちは街道へと進み出した。

 石畳から土の道に変わり、車輪が軋む音が耳に残る。空は青く澄み、草原に風が流れる。俺は思わず深呼吸した。


「護衛って、もっと堅苦しいものかと思ってた」


 俺が口にすると、ミナは片手剣を軽く叩きながら首を横に振った。


「油断すると痛い目見る。……静かな時ほど注意」


 その声に、のどかな景色が逆に不気味に思えてくる。


 昼過ぎ。道端の木陰で休憩を取る。

 商人が干し肉を配りながら話しかけてきた。


「この酒樽は街の酒場に卸すやつでね。冷やして出せば最高に旨いんだ。あんたたちの酒場で人気があるって聞いたけど飲んだことはあるかい?」


 思わず笑いそうになった。冷やした酒……俺が魔法でできることを、この世界の人はまだ知らない。


「飲んだことありますが、とても美味しかったですね」


「やっぱりそうだろ!そこの酒場に教えてやるんだ」 


 曖昧に返すと、商人は嬉しそうに頷いた。

 その横で、ミナは無言で剣を布で拭いていた。


「……毎日やるのか?」


 俺が尋ねると、彼女はちらりと目を向けてきた。


「当然。錆びた剣は命を奪う」


「なるほど」


 短い言葉に重みがあった。俺も真似して腰の剣を抜き、慣れない手つきで布を動かす。


「様になってない」


「分かってるよ」


 そんなやり取りが、少しだけ楽しく思えた。


 再び馬車は進む。

 陽が傾き始めたころ、林の影で鳥が一斉に飛び立った。

 ピリ、と空気が張り詰める。馬がいななき、商人が慌てて手綱を引く。


「来る」


 ミナが片手剣を抜いた。

 俺も腰の剣を握り、深呼吸する。昨日習ったばかりの構え。まだぎこちないが、今はそれが精一杯だ。

 林の中から、低いうなり声。

 影が揺れ、魔物の群れが姿を現す。牙をむき、涎を垂らし、獲物を見つけた獣の目を光らせて。


「気を抜かない」


 ミナが横から声を掛けてくれる。


「もちろん」


 俺は短く返した。

 護衛依頼は、いよいよ本番を迎えようとしていた。

 

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