相談の結果にて
昼の酒場は、夜の賑わいとは打って変わって静かだった。
冒険者たちは依頼に出ていて、残っているのは休養中の常連や街の人間くらいだ。
窓から差し込む柔らかな光が木のカウンターを照らし、穏やかな空気を作っていた。
「シズク、昼から飲むのは罪悪感あるけど……やっぱりうまいな」
カウンターに座るのは、顔なじみの中年冒険者だった。
彼はエールをちびちびとやりながら、しみじみとした声を漏らす。
「罪悪感を感じるなら飲まなきゃいいのに」
俺が笑いながら返すと、彼は肩をすくめて笑った。
「いやいや、シズクが出す酒は特別だからな」
そんな何気ないやり取りが、妙に心地いい。
夜の喧騒も悪くないが、昼のこうした穏やかさもまた好きだった。
昼時にふらりと入ってきたのは、身なりのいい商人風の男だった。
年は三十代後半、金の刺繍が入った上着に、小さな帳簿を手にしている。
「この店が噂の……」
彼はカウンターに腰を下ろすと、低い声で言った。
「冷えた酒を出すというのは本当か?」
「ええ、試してみますか?」
俺は手際よくグラスに酒を注ぎ、魔力を込めて冷やす。
グラスの表面に薄氷が張りつき、ひやりとした感触が手に伝わった。
それを差し出すと、男は目を丸くした。
「……本当に冷えている」
一口含むと、驚きに眉を上げる。
「爽やかだ。これが本当に常温の酒から作られているのか……」
「魔法を使えば可能です」
簡単に答えると、彼は帳簿に何やら書き込みながら目を輝かせた。
「この技術……いや、この味は商品になる。もし我が商人ギルドに卸すことができれば――」
「ちょっと待ってください」
俺は笑って手を振った。
「まだ商売にする気はありません。ただの趣味みたいなものですから」
「……惜しい。だが覚えておいてほしい。我々はいつでも協力する用意がある」
そう言い残して、商人は満足そうに店を後にした。
残された商売の香り。
(なるほど……酒場の外にも広がる可能性があるのか)
少しだけ胸の奥がざわついたが、今は目の前の客を大事にしようと思い直す。
その時、扉が開いた。
「シズクー!」
元気な声とともに入ってきたのはカイルだった。
前に相談を受けた、新人冒険者の青年だ。
彼は顔を輝かせ、駆け寄ってくる。
「聞いてください! 昨日の依頼で、初めて俺が敵を仕留めたんです!」
胸を張って報告する姿に、思わず笑みがこぼれた。
「おめでとうございます。仲間は何か言ってました?」
「はい! すごく喜んでくれて……『ようやく役に立ったな』って冗談まで言われました!」
その言葉が彼にとってどれだけ嬉しいものか、表情から伝わってくる。
あの夜の相談が、少しは力になれたのかもしれない。
「それなら良かった。きっとこれからもっと伸びますよ」
「はい! これからも頑張ります!」
彼はエールを飲み干し、仲間の元へ戻っていった。
その背中を見送りながら、俺は心の中で小さく頷いた。
夕刻。
店が再びにぎわいを取り戻し始めた頃、カウンターに新たな影が座った。
ミナだ。
相変わらず無口で、表情も読みにくい。だが、彼女の瞳はまっすぐに俺を射抜いていた。
「……次の依頼」
短い言葉に、俺はグラスを置く。
「一緒に来てほしい」
その声音に冗談はなく、真剣さがあった。
俺は一瞬だけ考え、それから小さく頷いた。
「分かりました。詳しい話は明日にでも」
ミナは短く「ありがとう」とだけ言い、静かに酒を口にした。
カウンター越しに灯る蝋燭の炎が揺れ、彼女の横顔を照らしていた。
その影は、これまで以上に近づいてきているように思えた。