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冒険者からの相談にて

 夜の酒場は、今日も変わらぬ熱気に包まれていた。

 冷えた酒を求めてやって来る冒険者たちの声は大きく、カウンターに並ぶジョッキがどんどん空いていく。

 忙しさの合間にふと顔を上げると、笑顔や酔った顔がずらりと並んでいた。

 その光景に、俺は心の中で小さく笑う。


(やっぱりこういう雰囲気は楽しく感じるな)


 ほんの数日前まで別の世界にいたとは思えないほどだ。

 不思議と違和感はなく、この場でグラスを拭いている自分が自然に思えた。


「なあ、シズク」


 カウンターに座った若い冒険者が、真剣な顔で声をかけてきた。

 彼の名前はカイル。まだ二十歳そこそこの新人だ。


「聞いてくれるか? 仲間のことで……」


「ええ、どうぞ」


 俺は布巾を置き、彼に向き直る。

 こうして相談を受けるのは珍しくない。酒場という場所は、酒と一緒に悩みも吐き出せるからだ。


「実はな……俺、仲間と一緒に行動してるけど、どうしても足を引っ張ってる気がして」


 カイルは俯きながら、グラスを握りしめる。


「今日も、俺だけ斬り損ねて……。仲間は笑ってくれたけど、本当は迷惑してるんじゃないかって思うんだ」


 若い声が震えていた。

 俺は相槌を打ちながら、彼の言葉を最後まで聞く。


「だから……もうパーティを抜けようかって」



 少しの沈黙。

 俺は冷えた酒を注ぎ直し、彼の前にそっと置いた。


「――君がどうしても抜けたいなら、それも選択肢だろう。


 でもね、一つだけ言えるのは、仲間が本当に迷惑に思ってたら、もう声をかけてもらえないと思うよ」

 カイルが顔を上げる。

 俺は微笑みながら続けた。


「迷惑だと思いながらも一緒に行くほど、冒険者の世界は甘くない。

 それでも君と組んでいるってことは、君に期待してるからだ。自分では見えてなくてもね」



 カイルの目に、わずかな光が戻る。


「……期待、されてるのかな」


「されてるよ。俺から見れば、こうして真剣に悩んでること自体が十分な強みだと思う。

 自分を省みられる奴は、成長できるから」


 彼はしばらく黙ってグラスを見つめ、それから小さく笑った。


「……ありがとう、シズク。少しだけ楽になった」


「お代は相談料ってことで、酒で払ってください」


 冗談を言うと、彼は苦笑しながらグラスを傾けた。


 その様子を、カウンターの端からじっと見ている影があった。

 ミナだ。

 彼女は無言で酒を口にしていたが、視線は確かにこちらに向けられていた。

 意識しないように、俺はグラスを拭き続けた。


 深夜。

 客足が落ち着いた頃、ヴァンが言った。


「シズク、ああいう相談を受け止められるのは、お前の才能だな」


「才能、ですかね」


「そうだ。剣や魔法だけが力じゃねぇ。人の心を軽くできるのも立派な力だ」


 俺は少し考え、そして頷いた。

 酒場の喧騒の中で、こんな形で誰かを支えられるのなら――この場所にいる意味は、確かにあるのかもしれない。


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