色々な来客にて
昼下がりの酒場は、昼食を終えた客たちがまばらに残る程度で、落ち着いた空気が流れていた。
リリィはカウンターの端で食器を拭きながら、時々ちらりとシズクの方を盗み見ている。
「……おい、さっきから何見てんだ?」
常連のガルドが笑いながら声をかけた。
「い、いや、別にっすよ! ただ、シズクさんの手つきがすげぇなーって思ってただけっす!」
「はは、真面目だねぇ。ここの弟子は勤勉だ」
「弟子じゃなくて、従業員っす!」
むくれたように言い返すリリィに、カウンターの奥でシズクが苦笑を浮かべる。
――少しずつ、この空気にも慣れてきたみたいだな。
そんな時、扉のベルが鳴った。
ゆったりとした足取りで入ってきたのは、杖を片手にした老人――マーリンだった。
「おや、やはり昼の時間帯も賑わっておるのう」
「マーリン先生、いらっしゃいませ」
「ふむ、今日は様子を見にな。リリィはうまくやっておるか?」
「ええ、まだぎこちないところはありますけど、頑張ってくれてます」
「そうかそうか」
マーリンは微笑みながらカウンターに腰を下ろした。
その姿を見たリリィが慌てて駆け寄る。
「せ、先生!? なんでここに!?」
「“なんで”とはなんじゃ。可愛い教え子の様子を見に来て何が悪い?」
「い、いや……それはそうっすけど!」
周囲の客がくすくすと笑い、リリィはますます顔を赤らめる。
そんな様子を見ながら、シズクはエールを注いで差し出した。
「せっかくですし、一杯どうぞ」
「ありがたい。では、遠慮なく」
グラスを手に取り、マーリンはひと口飲むと目を細めた。
「うむ、やはり旨いのう。魔力の流れが滑らかじゃ」
「飲み物にまで魔力を感じる人は珍しいですよ」
「ふぉっふぉっ、伊達に魔導師を長くやってはおらんでな」
その時、リリィが思い出したように言った。
「そういえばこの店、公爵様も来るって聞いたんすけど!? 聞いてないっすよ、先生!?」
マーリンの眉がぴくりと動いた。
「ほう……レオ坊もここに通っておるのか」
「れ、レオ坊!?」
「ふぉっふぉっ、昔はそう呼んでおったんじゃよ。あやつ、若い頃はやんちゃでな。『冒険者になって世界を回りたい!』などと目を輝かせておったものじゃ」
マーリンは懐かしそうに遠い目をする。
「剣を振るのも早かったし、頭の回転も速かった。だがのう、あの頃はまだ“貴族の息子”という自覚が薄くてな。よく無茶をしては叱られておったわい」
「へぇ……そんな時代があったんすね」
リリィが感心したように目を丸くする。
マーリンはゆったりと笑みを浮かべながらグラスを傾けた。
「それが今では立派に公爵様じゃ。まったく、人の成長というのは面白いのう。あの時のやんちゃ坊主が、今では国を支える立場とは……人生、分からんもんじゃ」
「……確かに、想像できませんね」
シズクが小さく笑い、リリィは「なんか、すげぇ話っすね……」と呟いた。
マーリンはそんな二人を眺めながら、穏やかな声で続けた。
「若者というのはな、失敗も回り道もしてこそ育つものじゃ。リリィ、おぬしも焦るでないぞ」
「うっ……わ、分かってるっす!」
顔を赤らめて反論するリリィに、店内からくすくすと笑いが漏れた。
その後もしばらく、マーリンとシズクの談笑が続いた。
リリィはその横で、どこか誇らしげに二人のやり取りを眺めていた。
――すげぇ人たちの中で、自分、働いてるんだな。
その日の閉店後。
リリィはカウンターの片付けを終えながら、こっそりシズクに言った。
「……シズクさん、この店ってほんとに特別っすね」
「そうかな。俺にとっては、ただのいつもの場所だよ」
「だからすごいんすよ、きっと」
そう言って、リリィはにかっと笑った。
――その笑顔を見て、シズクは少しだけ手を止めた。
やっぱり、成長ってのは色んな形があるんだな。




