討伐依頼にて
昼下がりのギルドは、酒場の喧騒とは違い落ち着いていた。
木製の掲示板にはびっしりと依頼書が貼られ、冒険者たちが真剣な表情で吟味している。
俺もその前に立ち、初討伐依頼を探していた。
(……ほんの数日前まで日本で働いていたのに、今はこうして討伐依頼を受けようとしてるのか)
自嘲気味に笑いながら、視線を走らせる。
「おっ、シズクじゃねぇか」
背後から声をかけてきたのはガルドだ。
豪快な笑みを浮かべ、肩をどんと叩いてくる。
「討伐依頼か? ならちょうどいい。俺たちも軽い依頼を受けるところだ。一緒に行くか?」
「……俺で大丈夫か?」
「もちろんだ。お前の魔法は見てるしな。何でもソツなくこなせるのは立派な武器だぜ」
その言葉に、少しだけ胸が温かくなった。
昼下がりの街道。
俺たちは依頼を受け、ガルドのパーティと共に森へ向かっていた。
内容は街道沿いに現れる魔物の討伐。規模は大きくないが、放置すれば商人や旅人に被害が出る。
「今日は六匹くらいだと聞いてる。油断すんなよ」
ガルドが大剣を担ぎながら言う。
ライルは弓を肩にかけ、ミナは無言で剣を下げている。
俺は深呼吸し、魔力を巡らせた。
ほんの数日前まで日本で働いていた自分が、今は討伐に向かっている――その事実に苦笑しながらも、気を引き締める。
森に入って間もなく、甲高い鳴き声が響いた。
木々の間から、ゴブリンの群れが飛び出してくる。
「来るぞ!」
ガルドの声と同時に、俺は前に出た。
「火球!」
掌から炎が弾け、先頭の一体を吹き飛ばす。
爆ぜる熱に群れが怯んだ瞬間、ライルの矢が二体を射抜いた。
「風刃!」
次に風の刃を放ち、別の一体の腕を裂く。
鋭い悲鳴が上がる。
だが、横から迫った二体を完全には防げない。
「氷槍!」
トリガーワードと共に放った氷の槍が一直線に飛び、敵を貫いた。
鮮血が地面に散り、最後の一体はガルドの大剣が叩き伏せた。
戦いは一瞬だった。
静寂が戻る中、俺は呼吸を整えながら仲間の様子を見渡す。
「お前、やっぱりやるな!」
ガルドが豪快に笑い、背中を叩いてくる。
「あんなに魔法を立て続けに使える奴はそうはいねぇぞ!」
ライルも口笛を吹いた。
「冷静に狙ってた。氷槍の正確さはすごい」
その時、ミナがじっと俺を見ていた。
剣を収めながら、細い視線をこちらへ向ける。
(……氷槍。やっぱりあの時の――間違いない)
森で救われた時の光景が脳裏に浮かぶ。
あの凍りつくような冷気、敵を一瞬で貫いた氷の槍。
目の前の男の放つ魔法と、完全に一致していた。
討伐を終えて街道を戻る道中、俺は心の中でつぶやいていた。
(火、風、氷……やっぱり使える。けど、魔力の消耗が思った以上にきついな)
三属性を立て続けに放っただけで、体の奥がじんわりと重い。
戦闘を繰り返せば、限界がすぐに来るかもしれない。
「剣とかの武器も試してみるか」
(器用貧乏――そう思ってきたけど、何でも少しずつ使えることが本当に武器になるのか……)
考えながら拳を握りしめる。
生き残るためにも、この力を磨くしかない。
街の門が見えてきたころ、ガルドが笑った。
「よし、今日の成果は上出来だ。帰ったら酒場で打ち上げだな!」
「……また飲むんですか」
ライルが苦笑する。
その横で、ミナは静かに歩いていた。
ふと彼女がこちらに視線を送る。
なんだろうとは思ったが、目が合うと彼女は何も言わず、ただ前を向いた。
静かな風が吹き抜け、森の匂いと共に緊張が薄れていった。