成人祝いの正式依頼にて
昼下がりの酒場には、穏やかな陽射しが差し込んでいた。
カウンターには瓶がずらりと並び、シズクはアズールリーフを使った試作品を前に、味と色合いを慎重に確認していた。
氷の音、グラスを拭く布の音。店内に響くのはそのくらいで、外の喧騒がまるで遠くに感じられる静かな午後だった。
――コンコン。
軽いノックの音に顔を上げると、扉の向こうからギルドの制服を着た青年が姿を現した。
「シズクさん、ギルドマスターからの伝言と手紙をお持ちしました」
「ヴァンさんから?」
「はい、公爵レオポルド様からギルドを通じて正式に届いたものです」
青年が丁寧に差し出した封書には、確かに公爵家の紋章が刻まれていた。
シズクは少し姿勢を正し、慎重に封を切った。
中には流麗な筆致の文字が並び、見慣れた名前がそこにあった。
――“成人の祝いまで、あと二週間。あの夜話していた件を進めたい。
準備の相談を兼ね、今週末、公爵邸にて夕食の席を設ける。
必要な物資や手伝いがあればその時に伝えてくれ。”
文末には、レオポルドの署名と印章が押されていた。
「……正式な依頼、か」
封書を閉じ、深く息をつく。
ヴァンがギルドを通したのも頷ける。貴族、それも公爵家とのやり取りとなれば、記録を残すのが当然だ。
「伝令、ご苦労さま。確かに受け取りました」
「はい。それとギルドマスターから伝言があります。『いい機会だから楽しんでこい』とのことです」
「……ははっ、あの人らしいな」
青年が去ると、店内には再び静寂が戻る。
シズクはグラスを片付けながら、頭の中で予定を整理した。
――成人祝いは公爵家の大広間、来客は五十人前後。
冷やした酒を出す準備は整っているが、華やかさを添える演出も欲しい。
アズールリーフの鮮やかな青が変化する瞬間……あれなら祝いの席にぴったりだ。
その時、扉の奥から顔を出したミナが声をかけた。
「……手紙?」
「ああ、公爵から。成人祝いの正式な打ち合わせだってさ」
「そっか。もうすぐなんだね」
ミナは穏やかに微笑むが、その表情にはどこか誇らしげな色があった。
「ミナにも手伝ってもらうことになるかもしれない。細かい日程が決まったら、また話すよ」
「……うん。がんばる」
その返事に、シズクは少し笑った。
いつの間にか、彼女の表情からあの頃の硬さが消えている。
こうして仲間と共に、少しずつ何かを築いていく――それがこの世界での“今”なんだと思えた。
外を見ると、雲の切れ間から光が差し込んでいる。
ふと、カウンターの上に置かれたグラスの青が揺らめいた。
「……成人祝い、か。さて、どう驚かせてやろうか」
シズクは口元を緩め、冷えたグラスを持ち上げた。
その中でアズールの青が、ゆっくりと光を反射していた。




