表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

118/140

成人祝いの正式依頼にて


 昼下がりの酒場には、穏やかな陽射しが差し込んでいた。

 カウンターには瓶がずらりと並び、シズクはアズールリーフを使った試作品を前に、味と色合いを慎重に確認していた。

 氷の音、グラスを拭く布の音。店内に響くのはそのくらいで、外の喧騒がまるで遠くに感じられる静かな午後だった。


 ――コンコン。


 軽いノックの音に顔を上げると、扉の向こうからギルドの制服を着た青年が姿を現した。


 「シズクさん、ギルドマスターからの伝言と手紙をお持ちしました」


 「ヴァンさんから?」


  「はい、公爵レオポルド様からギルドを通じて正式に届いたものです」


 青年が丁寧に差し出した封書には、確かに公爵家の紋章が刻まれていた。

 シズクは少し姿勢を正し、慎重に封を切った。

 中には流麗な筆致の文字が並び、見慣れた名前がそこにあった。

 ――“成人の祝いまで、あと二週間。あの夜話していた件を進めたい。

  準備の相談を兼ね、今週末、公爵邸にて夕食の席を設ける。

  必要な物資や手伝いがあればその時に伝えてくれ。”

 文末には、レオポルドの署名と印章が押されていた。


 「……正式な依頼、か」


 封書を閉じ、深く息をつく。

 ヴァンがギルドを通したのも頷ける。貴族、それも公爵家とのやり取りとなれば、記録を残すのが当然だ。


 「伝令、ご苦労さま。確かに受け取りました」


 「はい。それとギルドマスターから伝言があります。『いい機会だから楽しんでこい』とのことです」


 「……ははっ、あの人らしいな」


 青年が去ると、店内には再び静寂が戻る。

 シズクはグラスを片付けながら、頭の中で予定を整理した。


 ――成人祝いは公爵家の大広間、来客は五十人前後。


 冷やした酒を出す準備は整っているが、華やかさを添える演出も欲しい。

 アズールリーフの鮮やかな青が変化する瞬間……あれなら祝いの席にぴったりだ。

 その時、扉の奥から顔を出したミナが声をかけた。


 「……手紙?」


 「ああ、公爵から。成人祝いの正式な打ち合わせだってさ」


 「そっか。もうすぐなんだね」


 ミナは穏やかに微笑むが、その表情にはどこか誇らしげな色があった。


 「ミナにも手伝ってもらうことになるかもしれない。細かい日程が決まったら、また話すよ」


 「……うん。がんばる」


 その返事に、シズクは少し笑った。

 いつの間にか、彼女の表情からあの頃の硬さが消えている。

 こうして仲間と共に、少しずつ何かを築いていく――それがこの世界での“今”なんだと思えた。

 外を見ると、雲の切れ間から光が差し込んでいる。

 ふと、カウンターの上に置かれたグラスの青が揺らめいた。


 「……成人祝い、か。さて、どう驚かせてやろうか」


 シズクは口元を緩め、冷えたグラスを持ち上げた。

 その中でアズールの青が、ゆっくりと光を反射していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ