意外な評判にて
翌朝、王都の宿の一室。
シズクは窓辺に立ち、まだ静かな通りを眺めながら、昨夜の夜会を思い返していた。
――成人祝いで酒を振る舞う。しかも公爵家の祝い事で。
酒場を開いてからいろいろなことがあったが、まさかそんな大役を任される日が来るとは思わなかった。
扉をノックする音で我に返る。
「シズクさん、起きてますか?」
「ええ、どうぞ」
入ってきたのはエリナだった。書類の束を抱えており、既に仕事モードの顔だ。
「おはようございます。昨日はお疲れさまでした。……どうでした? 公爵家の夜会は」
問いかけは軽い調子だったが、その瞳には興味が滲んでいた。
シズクは苦笑して椅子に腰を下ろす。
「正直、肩が凝りましたね。堅苦しい場で、どう振る舞えばいいか分からず……」
「でも、ちゃんとこなしたんでしょう?」
「一応は。……それどころか、大きな役目を引き受けることになりました」
エリナが椅子を引いて腰掛け、身を乗り出す。
「役目?」
「ユリウス様の成人祝いで、酒を提供してほしいと頼まれました」
「えぇっ!?」
思わず声を上げたエリナに、シズクは両手を軽く広げる。
「驚きますよね。私もです。でも公爵様は本気でした」
「すごいじゃないですか! 王都でも“冷えた酒を出す酒場がある”って噂になってますけど……まさかその中心にシズクさんが立つことになるなんて」
シズクは目を瞬かせた。
「噂に、なってるんですか?」
「もちろんです。王都の冒険者たちからも商人たちからも、ドラゴンを討伐した冒険者であり、酒場のマスターでもあるって話が広まってる。ギルドの中でも、あなたの名前を知らない人はほとんどいません」
その言葉に、さすがのシズクも背筋を伸ばす。
自分のことを大きく誇張して伝えられるのは慣れていない。けれど、それが現実になりつつあることは認めざるを得なかった。
「……大げさですよ。俺一人じゃなく、仲間がいたからドラゴンも討伐できた。それに、酒場だって一人で回してるわけじゃない」
「ええ、それは私も知ってます。でも、中心に立ってるのは間違いなくシズクさんなんです」
エリナは柔らかく笑い、カップにお茶を注いで差し出してきた。
「成人祝いの件、きっと王都中の噂になりますよ。だから――準備、しっかりしてくださいね」
シズクはその温かな言葉を受けて、苦笑しながらも頷いた。
「肝に銘じておきますよ」




