地下迷宮の探索後にて
迷宮の15階層をのオーガを制した翌朝。
薄明の光が差し込む通路を、五人は静かに歩いていた。
「ふぅ……外の空気が恋しいな」
バランが大きく伸びをし、肩の筋を鳴らす。
「お前の場合、戦ってるときが一番生き生きしてるくせに」
ガルドが笑うと、バランは豪快に肩をすくめた。
「そりゃあそうだ。動かないと錆びる」
十五階層から戻る道のりは、行きよりもずっと軽かった。
緊張感が解けた今、誰もが穏やかな表情をしている。
「にしても、やっぱりすごいね」
ライルが口を開いた。
「オーガの一撃、まともに受けたら終わりだと思ったけど……バランが止めるとはな」
「まあ、斧が折れなくてよかった」
バランは照れ隠しのように笑った。
「ミナも、あの動きは見事だった」
シズクが言うと、ミナは少しだけ頬を赤らめて視線を逸らす。
「……うん。前より、少しは落ち着いて動けた」
「落ち着いてってレベルじゃなかったぞ。見惚れた」
ガルドの軽口に、ミナは「うるさい」と小さく返す。
そのやり取りに笑いが起きた。
迷宮の出口に近づくにつれ、空気が変わる。
冷たい湿気から、少しずつ風の匂いが混じってくる。
階段を上りきると、まぶしい日差しが彼らを迎えた。
「帰ってきたな」
ライルが目を細める。
「やっぱり外の光はいいな」
「まったくだ」
バランが息を吐きながら、背中の荷を下ろした。
街に戻るころには、太陽はすでに傾きかけていた。
ギルドでの報告を終えると、彼らは自然と同じ方向へ歩き出す。
「やっぱり、最後はあそこだな」
「当然だ」
ガルドとバランの声が重なる。
――酒場《シズクの店》。
扉を開けた瞬間、懐かしい香りがした。
焙煎した木の香り、磨かれたカウンター、そして僅かに漂うアルコールの匂い。
シズクは帰ってきてすぐに自分の酒場のオープン準備をする。
準備を終えると常連たちもすぐに入店してきた。
「やっと帰ってきたか!」
「無事だったか? 噂じゃ十五階層まで行ったって聞いたぞ!」
口々に声を掛けられ、シズクは照れくさそうに笑いながら手を振った。
「まあ、みんなのおかげでな。無事生還だ」
ミナも「ただいま」と小さく呟き、常連の間から温かい拍手が起こった。
ガルドが笑いながらカウンターに肘をつく。
「じゃあ早速、帰還祝いといこうぜ!」
「おう、いつもの冷えたやつを頼む!」
ライルの言葉に応じて、シズクが笑みを浮かべながらカウンターの奥に入る。
氷を入れたジョッキが並び、黄金色の泡が心地よい音を立てて満たされていく。
「お待たせ、みんな」
グラスを渡すと、それぞれが掲げた。
「無事の帰還に――乾杯!」
カチンと音を立ててぶつかるグラス。
酒が喉を通り、笑い声が弾けた。
「それにしても、オーガのやつはでかかったな」
「バランの斧がなかったら押し負けてたぞ」
「おう、俺がいなきゃ寂しいだろうが!」
バランの豪快な笑いに、周りもつられて笑う。
「ミナもよく動いてくれたな。脚を切りにいったとき、あれは助かった」
シズクが言うと、ミナは少しだけ頬を赤らめた。
「……当然のこと」
「はは、そこがまた頼もしいよ」
ライルが笑いながらフォローを入れ、穏やかな空気が流れる。
やがて夜が更け、冒険の話が一段落した頃――。
「やっぱり、この店の空気が一番落ち着くな」
ガルドがぼそりと呟くと、他の仲間たちも頷いた。
「不思議なもんだな。あんな迷宮より、ここの灯りの方が安心する」
「……うん。ここが、帰る場所」
ミナのその言葉に、シズクは静かに笑みを浮かべた。
「ありがとう。そう言ってもらえると、頑張った甲斐があるよ」
ジョッキを置き、ふと窓の外を見る。
外はもう夜の帳に包まれ、遠くで灯る街灯がぼんやりと揺れていた。
冒険も、日常も。
どちらも自分にとっては大切な時間だと、シズクは改めて感じる。
「さて……明日からは、また酒を仕込まないとな」
軽く伸びをしながら、カウンターの明かりを少し落とした。
――その夜、酒場は久しぶりに笑いと温もりに包まれていた。




