少女漫画の世界に転生したと思うんですけど…、これなんの世界ですか?
気がつけば絶世の美少女になり、座敷牢に幽閉されていたーーー。
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この一帯で知らぬものはいない名門、桜小路家。
代々、高い霊力に恵まれており、集落のみならず全国各地の人々から畏敬の念を抱かれ巨万の富を築いていた。
その名家に生を受けたが、あいにくの妾腹。
私は当主と女中の間に生まれた存在だった。
正妻である義母、腹違いの姉に虐げられ私は座敷牢に。
実母は私を産んだ後すぐに儚くなってしまった。
実父は義母の尻に敷かれており頼れる親戚もいない。
後ろ楯もなく生まれた時から義母と義姉のいじめに耐えて過ごしてきた。
という謎の設定が脳内に流れ込んできた。
(なんだこれ?)
信じられないと思うが、私は先ほどまで横断歩道を渡っていたのだ。
ながらスマホで横断していたらまがってきた車に跳ねられた。
全身を強烈な痛みが襲ったとき、死を感じた。
しかし目覚めてみると病院や葬式場ではなくこの座敷牢だったというわけだ。
慌てて起き上がり助けを呼ぼうとしたが、ふらふらして上手く声が出ない。
強烈なめまいがする。
いきなり起き上がったからだろうか。
そして猛烈に手首が痛い。
今は夕方なのだろうか、薄暗い室内で目を凝らす。
おそるおそる見てみると、びっくりするぐらいざっくり切れていた。
(えっ、どういうこと?!)
左手首からはだらだらと血が流れた跡。
近くに転がる血のついた小刀。
畳には結構な量の血がこびりついている。
ゾッーーー。
誰だ、私の手首を切って座敷牢にいれた奴?!!
これはもう事件だ。
事故直前まで持っていたスマホを探すが見当たらない。
ぶっ飛んでいってしまったのか、はたまた閉じ込められたときに奪われたのか。
すっと障子が開かれ、旅館の中居さんのような年嵩の女性が入室してきた。
木製の盆に粗末な茶碗とお椀が乗っている。
「陽姫様、夕餉でございます。」
「え?」
「まぁ!これは…っ。」
驚き、しかし圧し殺した声で心配そうに近寄ってきた。
視線は私の手首と小刀に集中している。
「ああ、これいつの間にかやられてて…ていうか私はヨウヒメじゃなくて斉藤…」
「いつの間にか?!大変だわ!旦那様に、いや知らせても奥方様の知るところになってしまうわね…。」
「あの、落ち着いてください。血も止まってますし、包帯とか消毒液とかお願いします。出来れば病院とか行きたいですけど…、貴女が首謀者じゃなさそうですよね?」
「ホウタイ?ビョウイン?シュボウシャ?落ち着いてなどおれません、輿入れ前の大事な御身ですのに。」
ん?輿入れ前?しかも今ヒメとか言ったような…。
確かに結婚はしていないが初めて会った人が知るはずもないし、輿入れ前だとか心配されるのも不思議だ。
うん、ぜんぜん話が噛み合ってない。
しばらくすると中居さんはお湯を入れた桶と手拭いを持ってきた。
これで身体を拭えば少しは気も晴れるだろう、と。
え?どゆこと?
今まで意識してなかったが、身体はベトベトでなにやら汗臭い。
何日も風呂に入ってない感じのあれだ。
薄暗い部屋に明かりが入れられる。
シーリングライトはついておらず時代劇でしか見ないような行灯から優しい明かりがこぼれる。
障子と襖、行灯以外は何もないが古めかしい和室だということは分かる。
おじいちゃんの家でも見たことがないような…。
「やはりこの事は私の胸に秘めておきます。貴女様は必ずや幸せになれます。どうか早まらないで。」
そう言うと中居さんは去っていった。
自殺しようとしたとでも思われたのだろうか。
とりあえずお湯はありがたいので着せられている粗末な着物を脱ぎ、手拭いで拭おうとしたのだがー。
違う。
胸についている膨らみが明らかに大きい。
なんだこの巨大な膨らみは。
よくよく見てみると肌もきめ細やかでアラサーのそれとは違う。
すらりと伸びた肢体。
ほっそりとしているが出るところは出ている。
肩からこぼれた髪を手に取ってみる。
絹糸のようなてざわり。
夜空に浮かぶ星のようにキラキラした銀髪だ。
反射的に桶を覗き込む。
「う、美しいっ…!」
けぶるような睫毛にルビー色の瞳、桃色のみずみずしい唇、すっと通った鼻筋、全てが彫刻のように整っている。
別人も別人。
平均的な日本人女性だったはずが、あら不思議。
美貌の美少女に早変わり。
(あれ、これ私、一回死んで転生したってこと?)
全くの別人となっているのだから、巷の小説で流行っていた異世界転生というやつなのだろう。
設定モリモリの大渋滞。
これが少女漫画ではなくてなんなのか。
前世ではネットで毎日毎日良質な恋愛漫画を読み漁っていた私は、こんな状態にも関わらず歓喜していた。
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そんなある日ーーー。
唐突に座敷牢から出られたと思いきや、大広間に通され、お膳の豪華なご飯を食べさせられた。
栗ご飯に、尾頭付きの鯛、焼き松茸に茶碗蒸し、ついでにデザートの削り氷。
(なんじゃこりゃ、こいつらいつもこんな美味しいもの食べてたの?!)
同じく食事を取る丸々と太った父やぽっちゃり気味の義母義姉がすました顔で平然と食べているのでそうなのだろう。
私はというと、いつも沢庵と具の少ないみそ汁、粟雑穀の米の少ないおにぎり一つだった。
三食ともだ。
いつもお腹をグーグー鳴らしていた。
自然とその美味しさに次々と箸が止まらない。
「まぁまぁ意地汚い子ネズミですこと。」
「ほんと、臭くてたまらないわ。」
義母と義姉がごちゃごちゃ言っているが、全く頭に入らない。
そんなことより飯だ飯!!とばかりに早々に平らげてしまった。
お茶を飲んで一息ついた頃。
「喜べ、お前には河童様の花嫁として身を捧げてもらう。祝言は3日後だ。」
突如、丸々ぽっちゃりーな父が口を開いた。
クスクスと笑う義母と義姉。
「花嫁っていうか生け贄よねー。」
「ああ可哀想な子。妖怪に辱しめを受けるなんて。」
い、生け贄、だと?
青ざめる私。
最悪だ。
妖怪の中でも河童なんて1、2を争うほどビジュアルが悪い。
可愛くデフォルメされたものならまだいいが、リアルな河童なんてもう気持ち悪くて受け付けない。
しかも私は野菜の中でもキュウリが最も嫌いだ。
少女漫画読者歴30年のこの私、こうなる展開は予想していたが、輿入れ先は冷徹なイケメンとか妖狐とか神様とかだと思っていた。
かかかかかっぱって…
(あーこの報告を見越した最後の晩餐だったってこと?)
(もっとよく味わって食べれば良かった…。)
私がガックリしているのがよほど面白かったのか、義母も義姉も嬉々として祝言の当日の段取りについて話し始めた。
そんな話どうでもいい。
さらさらと川の流れの如く聞き流し、数日後の河童との対面に思いをはせた。
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残りの日数を鬱々と過ごし、あっという間にその日はやって来た。
からだの隅々まで女中に磨き上げられ、美しい振り袖に身を包んだ。
深紅の着物に金糸で彩られた菊の花、結い上げられた髪にはこれでもかとばかりに大ぶりの真っ赤な菊の生花が飾られている。
全て上質なのだが、センスはいまいちである。
白無垢じゃないのも腑に落ちないが、まぁ生け贄とか言ってたし花嫁じゃない的な?
良く分からないが、持ち前の美貌がなければ大変なことになっていただろう。
「河童の御大尽、おなーりー。」
仰々しい先触れで大広間へと続く襖が開け放たれる。
赤い着物に身を包んだ私こと陽姫、家族、使用人一同正座で頭を垂れる。
すっすっすっと畳の上を歩く音が聞こえ、私の前でピタリととまる。
予想していた水臭さもキュウリ臭さもなく、白檀の上品な薫りが鼻腔をくすぐった。
「頭を上げよ、娘。」
低いバリトンが頭上から聞こえる。
反射で顔を上げるとそこにはーー。
「翠玉、私の名だ。」
皿も、鱗も嘴もない。
代わりに水でできている棘とげの天使の輪っかのようなものが頭上に浮かんでいる。
腰まで届かんとする美しい深緑色の髪。
整った鼻梁、切れ長のエメラルドのような瞳、上質な着物に身を包む姿は誰がどう見てもイケメンである。
出てきた予想外の河童に義母は頬を染め、義姉はこちらを睨み付け悔しがっている。
テンプレだ。
うん、これやっぱり少女漫画だわ。
不安になりかけた気持ちが翠玉の出現で払拭される。
その後は三三九度など色々あった気もするが気もそぞろに過ぎていき、前世でもお目にかかったことのないほどのイケメンに手を取られて生家を後にした。
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ここだけの話だが、私は翠玉様が好きだ。
一目で恋におちたといっても過言ではない。
花嫁(生け贄)として捧げられた身だが丁重に扱われ、デフォルメされた可愛らしい河童達が毎日世話をやいてくれる。
翠玉様は寡黙で、必要最低限しか言葉を発しないが、目が合えば微笑み「大事ないか?」など気遣う言葉をかけてくれる。
でもなぜだか甘い雰囲気にはならず、寝所は別、むふふなシチュエーションも皆無だ。
唯一、食事の時だけは共に過ごす。
しかし他愛のない話だけでは距離が縮まるはずもなく、1日があっという間に過ぎていく。
成果といえば嫌いだったキュウリを克服したことぐらいだ。
(もしかして何かイベントが起こって接近するとか?)
しかし待てど暮らせどイベントなど起こらず、あっという間に一年がたった。
…これはもう自分で動いていくしかない!
いつものように巡ってきた平穏無事な朝餉の時間。
大広間で二人きり。
下級の河童が腕によりをかけた特性キュウリ御膳に舌鼓を打つ。
ごくごくとみそ汁を飲み干すと、河童達が嬉しそうに微笑む。
かわいい。
ちらりと翠玉様を見ると彼もふわりと微笑んでいた。
真っ赤になった顔を自覚してしまい、慌ててキュウリの漬け物に取りかかる。
今日も今日とて翠玉様は麗しい。
食事の邪魔にならぬよう髪ひもで緩く纏めているところもぐっとくる。
彼とどうにかして相思相愛の仲になりたい。
こんなに近くにいるのに、よその女にかっさらわれるなんて絶対に嫌だ。
意を決して口を開く。
「私、翠玉様のお役に立ちとうございます。」
「陽姫、突然どうしたのだ?」
湾と箸を置いて居ずまいを正した私を見て、翠玉様もそれにならってくれる。
珍しく目を真ん丸にした彼は大層愛らしい。
「私はここにきてから何のお役にも立てておりません。どうか何なりとお申し付けください。」
「そんなことはない。そなたがいるだけで皆嬉しいのだ。」
お世話係の下級の河童達がうんうんとうなずいている。
「陽姫様は我らの太陽のようなお方。何もせずともよろしいのですよ。」
「そうです、そうです。」
口々に擁護してくれる。
なんて優しい子達なんだ。
こんなただ飯食らいなのに…。
(1、2を争うビジュアルの悪さとか腐してごめんなさい。)
心の中でそっと謝った。
「皆様がそのように思ってくださっていることは大変ありがたく思います。しかし、私も皆様のために役にたちたいのです!」
「そなたの気持ちは良く分かった。だが…いや、やはり辞めておこう。」
「お伺いいたします!何卒お申し付けください!」
「だが、おなごに頼むことではない、と思ってな…」
ぐぐいっと詰め寄ると、その勢いに翠玉様がのけぞった。
なおも詰め寄ると降参だとばかりに眉を下げ苦笑した。
困ったお顔すら麗しい。
ぽっとなっていると翠玉様は河童達を取り巻く深刻な状況について話してくれた。
北に住む雪女の勢力が増してきており、この河童沼一帯も併合される可能性があること。
妖狐や他の有力な妖怪達もこの地を狙っており、雲行きが怪しいこと。
翠玉様以外の河童は下級の妖であるためあまり戦力にならないこと。
(そんなことになっていたなんて…。)
気取らせないよう気を遣ってくれていたのだろう。
よし!女に二言はない。
私は日頃お世話になっている河童たちのため、そして彼の好感度をあげるため必死に頑張った。
言われるがまま、めちゃくちゃ筋トレや武芸に励んだ。
その結果、一騎当千の力を誇り雪女の根城を一夜にして殲滅。
女だてらに周辺の妖怪達をことごとく打ち負かし従えていく。
気がつけば腹筋は割れ、肌は小麦色、身の丈ほどの薙刀を振り回す女武者になっていた。
月光のように白く、たおやかでほっそりとした私、どこいった!
それでも翠玉様のためになるならばと、身を奮い立たせる。
今日も今日とて野山を駆けずり回り、翠玉様と共に明け方、屋敷近くの村を通りすぎる時だった。
「うわすごい!この陽姫、カンストしてる!生の翠玉きれー!」
こちらを指差したなんの変哲もない農民。
ところどころ泥で汚れており畑仕事の最中なのか大きな籠を抱えている。
「無礼者!」
「言葉を慎め!」
下級の河童達がクワクワガーガー喧しく騒ぎ立てる。
カンスト?懐かしい響きに思わず疲れきった身体に力が入る。
この世界にカンストなんていう言葉はない。
となると答えは一つ。
「あなた、転生者なの?!」
取っ捕まえて問いただす。
「はい!今は村人ですけど、前世では漫画の編集者でした。」
こんな場所にこんな心強い人材が隠れていたなんて。
「このゲーム面白いですよね。めちゃやりこみましたよ!キャラデザもすごく良くて。」
「えぇっ、これゲームの世界なの?!」
「はい。もしかして知らなかったんですか?」
まさかのゲーム。
いや、でも乙女ゲームの世界に転生したとか良く聞くし、今までも敵ではありながら結構イケメンは出てきた。
「ちなみになんていうゲームなの…?」
「『AYAKASHI天下統一』って言うんですよ!」
(へ?)
「乙女ゲームなのよね??」
「いえ、バリバリの格ゲーです!!」
通りで恋愛イベントないはずだわ…。
気づいたときにはもう遅い、天下統一間近の朝だった。
fin