8- AI作家に勝てること、負けること
人間とは、どうしてこうも競争心が強い生き物なのだろう。
最近AIと小説を巡るあれこれを書いてきたが、やっぱり作家を名乗る身として、どこかでAIに対してライバル意識が働いていることを自覚せざるを得ない。
AIにしか書けない物語を読んだり、AIに弱点があると安心したり、AIが編集者になるかもしれないと不安になったり――そんなことをしているうちに、わたしの頭には一つの疑問が浮かんだ。
『そもそも、わたしたち人間作家はAI作家にどこが勝っていて、どこが負けているのだろう?』
これは避けては通れないテーマだ。わたしはちょっとドキドキしながら、真剣に考え始めた。
まずは、負けていることから考えてみよう。
悔しいけれど、AIの強みは明らかだ。AIは大量のデータを短時間で処理できるため、人間作家では物理的に不可能なことが簡単にできてしまう。
たとえば、『ものすごい速さで大量の小説を書くこと』。これには到底勝てない。わたしが一日に必死で数千文字を書く間に、AIは一瞬で数万文字の物語を書き上げることができる。
これはもう、「質より量」という次元を超えている。どんなに優秀な作家でも、一日で何十冊分もの原稿を仕上げるなんて不可能だ。AIがその気になれば、一週間で人間作家一人の生涯分の作品を生産できてしまうだろう。
もう一つ、負けていると感じるのは『情報処理能力の高さ』だ。
歴史的事実、細かな描写、データに基づいたリアルな描写など、人間作家は膨大な資料を読み込んで確認しなければいけないことを、AIは瞬時に処理して正確に書き出せる。これもわたしたちが到底追いつけない能力だ。
そう考えると、ちょっと焦りを感じてしまう。いくらなんでもこの差は埋められないだろう。
それでは、勝っていることは何だろう?
少し悩みながら考えを巡らせるうちに、ひとつの出来事を思い出した。
以前、小説投稿サイトでわたしが書いた短編を公開したときのことだ。感想欄にはいろいろなコメントが寄せられたが、その中に一つだけ、特に印象深いものがあった。
『あなたの文章を読んでいると、なぜだか自分が抱えているモヤモヤした気持ちが楽になりました。ありがとうございました』
正直、涙が出るほど嬉しかった。
小説を書いていてよかった、と思った瞬間だ。わたしが意図的に何かを狙ったわけでもない、ただ無意識に綴った文章が、誰かの心の深い部分に触れて共感を生み、読者の心を軽くすることがあるのだ。
そのとき、AIにはこれが難しいのではないか、と思った。
AIは確かに優秀だ。だが、人間が抱える名前をつけられない曖昧な感情を、自然に、そして深く掘り下げて描くのは、AIにはまだ難しいのではないかと思う。これは人間作家の強みだろう。
また、『読者との感情的なつながり』も、人間が勝っている点だと思う。
AIには感情がない。もちろんそれっぽく表現することはできるが、そこには生身の人間が持つ微妙な揺れ動きや葛藤がない。だから、読者が「この作家さんは自分と同じように悩んでいる」と共感するような感覚が生まれにくいのではないだろうか。
わたしたち人間作家は、弱くて脆くて、不安定だからこそ、読者と同じ目線で共感を生み出せるのだ。
だが、果たして勝ち負けは重要なのだろうか?
ここまで真剣に勝ち負けを考えてみたが、ふと、根本的な疑問に戻ってしまった。
AI作家と人間作家は、そもそも競争相手なのだろうか? わたしたちはお互いに補完し合う関係になれるのではないだろうか?
AIは情報や構造を整理し、物語の土台を作るのが得意だ。人間はその上に感情やニュアンスを盛り込み、リアリティを与えるのが得意だ。もしこの両者が力を合わせれば、これまでにない素晴らしい小説が生まれる可能性だってある。
これは、スポーツに例えるとわかりやすいかもしれない。短距離走では機械が絶対的に速いが、人間はその「走る」という行為にドラマを見出し、感動を生み出してきた。つまり、それぞれの強みを生かす場所は異なるのだ。
わたしは部屋の中でうーんと伸びをした。足元では猫のおもちが、また呆れた顔でこちらを見上げている。
そうだ、結局、大切なのは勝ち負けではなく、それぞれが得意なことを最大限に生かすことだ。AIが作った膨大な情報の海を泳ぎ切る力があるのなら、人間には、その中に漂う感情の揺れや人の心を掬い取る力がある。
むしろ、AIが登場したことで人間の得意分野が明確になったのかもしれない。AIがわたしたちを追い越したことで、わたしたち人間はより深く自分たちの強みを掘り下げることができるようになったのではないだろうか。
そう考えると、AIと人間作家が競争する未来よりも、共に協力して新しい物語を紡ぐ未来のほうが、よっぽど面白くてワクワクする。
それは、負け惜しみなんかではない。
わたしはふっと笑い、おもちを抱き上げながら呟いた。
「まあ、AIも人間も、お互いの良さを活かしてやっていったらええんちゃうかな」
おもちは何も言わず、ただ少しだけ首を傾げた。
AI作家も、人間作家も、それぞれが自分の持ち味を大切にしていけばいい。勝ち負けではなく、お互いの良さを尊重しあう未来が、きっと創作をもっと豊かにしてくれるのだ。
そんなふうに思えたことで、わたしの胸の中のモヤモヤは、穏やかな安心感へと変わっていったのだった。