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わたしとAIと小説と  作者: 藤村さつき
7/10

7- AIに編集される未来

 作家になりたいと思ったとき、わたしはまず編集者という存在に憧れを抱いた。


 きっかけは高校生の頃に見たドラマだ。売れない新人作家を熱血編集者が厳しくも愛情深く指導し、時には喧嘩しながら、二人三脚でベストセラーを生み出すという話だった。テレビの前で、「これや、これやわ!」と目を輝かせたわたしは、それ以来ずっと「自分の文章を編集者に磨いてもらう」ことを密かな夢としてきた。


 だが最近になって、その夢を脅かすようなニュースを耳にするようになった。


『AIが作家の文章を編集・校正する時代が来ている』


 ……え、ちょっと待って。


 AIが編集?


 わたしは慌ててインターネットで詳細を調べた。すると、すでにAIが文章の誤字脱字を直すだけでなく、表現の改善や全体の構成まで編集するツールがあるという。なんでも、AI編集者は文法ミスを的確に指摘するだけでなく、物語のテンポまで提案してくれるらしい。


 なんというか、わたしは複雑な気持ちになった。


 人間の編集者というのは、単に文章を直す人ではない。作品を客観的に見て、作者自身が気づかない視点を提供したり、時には感情的な支えになったりするパートナーでもある。創作活動において、編集者との人間関係は非常に重要であり、そこには単なる技術や知識を超えた信頼が存在する。


 だからこそ、AIがその役割を担う未来を想像すると、なんだか胸の奥がザワザワと落ち着かない。


 そんなある日、ライター仲間が「面白いAI編集ツールがある」と教えてくれた。


 そのツールは、作家が書いた原稿をアップロードすると、瞬時にAIが編集のアドバイスをくれるというものだった。好奇心が勝ったわたしは、早速自分が最近書いた小説を試しに入れてみることにした。


 提出したのは、猫をテーマにした日常短編小説だ。


 数秒後、画面にはずらっと編集案が並んだ。


『この文章はやや感傷的すぎます。感情をもう少し抑えた表現に変えると、読者が共感しやすくなります』


 ……AIよ、いきなり辛口やないかい。


 ちょっとムッとしつつ、次の編集案を見る。


『序盤で登場人物の背景を詳しく描きすぎています。もう少し後ろに回すか、あるいは簡潔にまとめたほうが物語のテンポが良くなります』


 うーん、確かに言われてみればその通りだ。最初はAIが編集なんて、と半信半疑だったけれど、次第にその指摘の的確さに舌を巻いた。


 気づけば画面の前で「なるほど……確かに」と頷いてしまう自分がいた。これ、意外と悪くないんじゃないか? というか、むしろ便利なんじゃないか?


 しかし、画面をスクロールしていくうちに、わたしは再び引っかかるアドバイスに出くわした。


『猫との日常描写が長すぎて、ストーリーが停滞しています。大幅に削り、展開を早めることをおすすめします』


 ……いやいや、ちょっと待って。わたしはこの猫との何気ない日常を描きたいのだ。むしろそこがメインなのだ。


挿絵(By みてみん)


 その瞬間、AIが示した編集案の正確さとともに、その限界を感じた。


 確かにAIは、物語を分析して客観的に正しいアドバイスを提供してくれる。それは間違いない。ただ、そのアドバイスはあくまで一般的な正解であり、作品の根底に流れる作者の意図やこだわりを考慮してくれるわけではないのだ。


 その日、わたしはAI編集ツールを閉じて、なじみの喫茶店に向かった。コーヒーを注文し、ぼんやりと窓の外を眺めながら考える。


 もしかしたらAIが人間の編集者を完全に置き換える未来は来ないのかもしれない。いや、きっと来ないだろう。少なくとも、小説においてはそうだと思う。


 なぜなら、人間の編集者が作家に提供するものは、技術的なアドバイスだけではないからだ。編集者は、作家と共に悩み、共に喜び、時には作品に対する熱い議論を交わすことで、作品を磨き上げていくパートナーだ。


 かつてある先輩作家が言った言葉を思い出した。


「編集者っていうのは、作家にとって最高の読者であり、最初の読者なんや」


 AIには、その「最高の読者」にはなれない。AIには感情もなければ、心の機微もない。ただ大量のデータを分析し、統計的な最適解を示すだけだ。


 そう考えると、少し胸が軽くなった。


 だが同時に、わたしはこうも思った。AIは決して敵ではなく、人間の編集者と作家の作業を支える新たな道具になるだろう。細かなミスの発見や、技術的な改善に関しては、AIの方が遥かに効率的だ。それを上手に利用しながら、人間は感情や熱意の部分で力を発揮すればいい。


 喫茶店から帰宅すると、部屋で猫のおもちが不機嫌そうにわたしを見つめていた。ご飯が欲しい時間を過ぎてしまったらしい。慌てて餌をあげると、おもちは即座にご機嫌を取り戻し、喉をゴロゴロと鳴らした。


 わたしはふっと笑った。おもちを見ながら考える。AIには、この微妙な気まぐれや、気難しい生き物と共存する日常の楽しさを、編集することは難しいだろう。


 結局、人間は人間のままでいいし、AIはAIのままでいい。どちらかがどちらかを完全に置き換える必要なんてないのだ。


 人間編集者とAI編集者がうまく役割分担をして、小説という創作物をさらに面白く、魅力的にする――そんな未来なら、むしろ歓迎したい。


 それがわかって、わたしの胸の奥でモヤモヤしていた不安は静かに消えていったのだった。

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