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わたしとAIと小説と  作者: 藤村さつき
6/10

6 - AIの弱点を探してみた

 人間というのは、どうも不思議な生き物だ。特にわたしは、その中でもかなりひねくれたタイプだと自覚している。なぜなら、AIがすごいと分かった途端、なぜか急にその弱点を探したくなってしまったからだ。


 前回のエッセイでは、AIが生み出す独特の物語に素直に感動したり、新しい可能性に胸を躍らせたりした。だがその一方で、心の隅ではそんな完璧なわけがないと疑いの目を向ける自分もいたのだ。


 人間には弱点がある。わたしにも数えきれないほどの弱点がある。締め切り前の深夜にSNSを覗いて現実逃避する癖や、冷蔵庫に残った食材をすぐ忘れて腐らせてしまう癖、そして疲れている時ほど「やらなきゃ」と思ったことを後回しにしてしまう癖……。


 でも、人間は弱点があるから面白いのだと思う。弱点や欠点がなければ、小説にしたとき共感やリアリティが薄れてしまう。だったら、AIの弱点とは何だろうか。そんなことを考えているうちに、ついつい好奇心が抑えられなくなり、わたしはAIの限界を試してみることにした。


 まず最初に試したのは、『方言を駆使した人情味あふれる会話劇』だ。


 わたしの地元である神戸弁を使って、AIに短い物語を書かせてみることにした。ちなみに神戸弁というのは、大阪弁ほど強くはないが、微妙なニュアンスが多くて、使いこなすのはなかなか難しい。いくらAIでもこれは厳しいだろう。


 さっそくAIにテーマを入力した。


『神戸の商店街で、八百屋のおっちゃんと高校生の女の子が繰り広げる会話』


 そして出てきた物語は、こんな感じだった。


『「おっちゃん、これなんぼなん?」女の子が玉ねぎを指差して尋ねる。八百屋の主人は微笑んで、「それな、今日はお買い得やで。一袋200円やわ」と答えた。「めっちゃ安いやん、ほな、もろてくわ」女の子は笑顔で財布を取り出した』


 うーん、惜しい。微妙に違和感がある。「もろてくわ」の使い方もちょっとぎこちないし、会話のテンポも妙に整いすぎている。確かに会話として成立はしているが、神戸の商店街で実際に交わされるような、あの生活感のあるリズムにはまだ遠い気がした。


 これは、やはりAIの弱点の一つかもしれない。方言というのは、その地域の文化や感覚に深く根差している。データだけでは完全に再現できない微妙な空気感があるのだろう。


 ちょっと安心したわたしは、さらに欲張って次の課題を与えた。


 今度は、『曖昧な人間関係』である。


 具体的には、『友達以上恋人未満の、微妙で曖昧な関係の男女を描く物語』をAIに依頼してみた。実はこれ、わたし自身が過去に散々苦労したテーマでもある。人間関係の微妙さを描くのは、人間でもかなり難しいのだから、AIには到底無理だろう――そんな意地悪な気持ちで待っていると、こんな文章が出てきた。


『彼は微笑んだ。「俺たちって、なんか特別な関係なんかな?」彼女はしばらく考えてから答えた。「そうやな、特別やと思う。でも、普通でもええ気もするし、どうなんやろうな」』


 なんやこれ……。


 言葉は整っているが、正直これではまったく曖昧さが伝わらない。読んでいるわたしが「はっきりせんかい!」と苛立つだけで、ドキドキもモヤモヤもない。AIは曖昧さを表現しようとすると、逆に明確な表現になってしまうのかもしれない。


 さらに面白くなってきたわたしは、次に『皮肉』を試してみた。


 皮肉というのは、文字通りに受け取っては意味が通じない。むしろ逆説的な意味合いが重要になる。AIにこの微妙なニュアンスが理解できるかを試すため、こんな文章を書かせてみた。


『「今日はほんまにええ天気やなあ」どしゃ降りの中、傘をさしながら彼は皮肉っぽく言った』


挿絵(By みてみん)


 するとAIは堂々とこう書いた。


『どしゃ降りの中で、彼は皮肉っぽく「今日はほんまにええ天気やなあ」と言った。実際には雨が降っているのだから、それは天気が悪いという意味である』


 ちょっと待ってくれ。いちいち説明せんでええねん、AIよ。これでは、皮肉というものが持つ絶妙な笑いや面白さが完全に消えてしまう。AIは「皮肉」を概念として理解できても、そこに込められた人間特有の感覚を自然には表現できないのだろう。


 こうしてAIの弱点を見つけるうちに、わたしは妙にホッとした。完璧そうに見えるAIにも、まだまだ人間に及ばない部分があるのだ。それは、人間としては嬉しいことだった。


 でも一方で、こうした弱点も、いずれは克服されるかもしれない。AIは人間のデータを日々学習し続けている。数年後には、神戸弁も曖昧な関係も皮肉も、完璧に表現できるようになっている可能性だってある。


 だがそのときはそのときで、きっとまた別の人間らしい弱点をわたしたちは見つけているのだろう。


 結局のところ、人間はAIを通じて、自分たちがどれほど複雑で面白い生き物なのかを再確認しているのかもしれない。そう思うと、AIの弱点を探す作業も、なかなか楽しいものだ。


 わたしは深夜、パソコンの画面を閉じた。机の上には、猫のおもちが呆れたように丸くなって寝ている。


 「AIも大変やなあ、おもち」と話しかけると、おもちは薄目を開けて、小さくあくびをした。


 まあ、完璧すぎない方が、世の中面白いのだ。AIも人間も、少しくらい弱点があった方が魅力的なのだと、わたしは改めて感じたのだった。

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