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わたしとAIと小説と  作者: 藤村さつき
5/10

5- AIにしか書けない小説

 正直なところ、わたしはずっとAIに対して複雑な気持ちを抱いていた。


 ここ最近、AIが小説を書いたり、読者に受け入れられたりしている状況を見るにつけ、人間作家としてのわたしの立ち位置が揺らぐような不安を感じていたからだ。


 けれどある時、こんな発想がふと湧いてきた。


 『AIにしか書けない小説』って、どんな小説やろう?


 人間には書けないけど、AIなら書ける物語――。それはなんだか、不思議で新しい可能性に満ちているように思えた。


 そう考え始めたら、止まらなくなった。深夜にもかかわらずパソコンの前でワクワクしてきて、興奮のあまり猫のおもちを起こしてしまった。迷惑そうにこちらを見るおもちの視線を感じながら、わたしはAIにしか書けない世界を探し始めた。


 まず、AIは人間と違って眠らないし、疲れもしない。これはすごい強みだ。人間はどれだけ頑張っても徹夜をすれば翌朝には廃人のようになるし、数日も寝なければ幻覚すら見え始める。しかしAIは、24時間365日、全力疾走できる。もしかしたらAIは、人間が睡眠不足で朦朧としている時にしか思いつかないような奇妙な物語を、正常な状態で作れるかもしれない。


 そんなことを考えつつ、試しにAIにちょっと特殊な物語を書かせてみることにした。


挿絵(By みてみん)


『主人公が一秒ごとに記憶を失い、一秒後には別人になっている小説』


 人間の作家にはまず無理な設定だ。そんな複雑な物語を書き始めたら、書いている本人が先に記憶喪失になるに違いない。だがAIなら、きっと破綻せずに書き上げることができる。


 AIに設定を入力して待つこと数秒、わたしの予想を遥かに超えた作品が生まれた。


『僕は歩いていた。次の瞬間、わたしはカフェに座っていた。いや違う、俺は車を運転していたはずだ――一秒ごとに世界は変わり、人格は入れ替わる。それでも「僕」は確かに存在している』


 読み進めていくと、奇妙な感覚に襲われた。物語には明確な主人公がいないのに、確かにそこに何かがある。不思議とわたしの脳内では映像が浮かび、混乱の中にも秩序があるように感じられた。


 なるほど。これは間違いなくAIにしか書けない物語だ。


 人間が書けば恐らく支離滅裂になり、読み手はついていけなくなるだろう。しかしAIは、それを数学的な精度で統制し、混乱の中に秩序を生み出しているのだ。AIには混沌を美しい秩序に変える特殊な力があるのかもしれない。


 次に試してみたのは、こんな設定だ。


『世界中の小説を全部同時に読み、その感想文を書く主人公』


 無茶振りだ。世界中の小説を全部読むなんて、人間には物理的に不可能だ。だがAIならどうだろう? 一瞬で大量のテキストデータを読み込み、それを要約・分析する能力がある。


 AIが出してきた物語は、まさに予想通り(いや予想以上)のものだった。


『すべての小説を同時に読んだ私は、理解不能なほど巨大な感情の渦に巻き込まれた。そこには、世界中のあらゆる喜びと悲しみ、怒りと絶望、そして希望が一瞬で詰まっていた。それでも私は、一行の感想を書かなくてはならない。それは――「人間は何て面倒で、素晴らしい生き物だろう」』


 わたしは感嘆のため息を漏らした。これはもはや、AIにしか書けないという次元を超えて、「AIだからこそ意味を持つ小説」だ。


 人間の感情や文化を膨大なデータとして吸収し、そこから普遍的なテーマを抽出する能力は、人間作家の比ではない。まさにAIの真骨頂とも言える作品だった。


 正直なところ、この瞬間、少しだけ嫉妬を感じてしまった。これまで自分は人間らしさに誇りを持ち、それが作家としての最大の武器だと思ってきた。しかしAIは、人間では不可能な表現方法で、人間性の核心を突いてきたのだ。


 だが同時に、それは嫉妬と同じくらいのワクワク感をわたしにもたらした。


 もしかしたら、このAIにしか書けない物語こそが、次の時代の文学を広げるのではないだろうか。AIだから書ける物語、人間だから書ける物語、それぞれが共存し、読者に選ばれるようになれば、創作の世界はきっともっと豊かになるだろう。


 それは、例えるなら食文化のようなものかもしれない。伝統的な家庭料理もあれば、斬新な分子料理もある。昔ながらの味を求める人もいれば、全く新しい体験を求める人もいるように、文学の世界も多様化していくのだろう。


 わたしは深夜、AIの書いた作品を読み返しながら、小さく笑った。


 AIはすごい。でもAIが生み出した新しい領域は、人間にとっても挑戦の場所になるはずだ。これからは、人間とAIが協力し合って、新しい物語の可能性を広げていけるのかもしれない。


 そんなふうに考えると、AIに対して感じていた不安や敵意が薄れ、むしろ同じ”創作者”としての親しみさえ湧いてきた。人間とAIはライバルではなく、それぞれがそれぞれの特性を生かした物語を書く、仲間同士なのだと。


 ふと足元を見ると、すっかり退屈した猫のおもちが寝息を立てていた。AIには、こうした生き物の温もりや安らぎは理解できないかもしれない。でも、それはそれでいいのだろう。


 わたしはAIと人間の可能性を考えながら、その夜はなんだか穏やかな気持ちでベッドに入ることができたのだった。

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