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わたしとAIと小説と  作者: 藤村さつき
4/10

4- AIと読者の距離感

 小説を書くとき、わたしが一番気をつけているのは”読者との距離感”だ。文章が読者に寄り添いすぎると媚びた感じになってしまうし、逆に距離が離れすぎると冷たい印象を与えてしまう。だから、絶妙な距離感を見つけるために、書いては消し、消しては書くという作業を、深夜まで繰り返すこともしばしばだ。


 そんなある日、いつものようにインターネッツの海をぶらぶらさまよっていると、アマゾンの奥地で『AI作家の書いた短編集』という文字が目に留まった。表紙絵には、いかにも人工知能っぽいクールなデザインと、『これは、人間の手を借りずにAIだけで書かれた短編小説集です』という、挑発的とも取れる文句が踊っている。


 わたしは迷わずその文字をカートにぶち込んでチェックアウトした。


 好奇心と警戒心が半々くらい。AIが作った小説を読むのは初めてではなかったが、こうして電子書籍としてまとまった形で読むのは初めてだったからだ。


 1話目は、ありがちな青春恋愛ストーリーだった。


 『放課後の教室で、夕陽を見つめながら主人公の少女がつぶやいた。「わたしの気持ち、AIのあなたにわかる?」画面の向こうの人工知能は無感情に答える。「感情はありません。ただ、理解はできます」』


 なんというか、露骨なテーマ設定に苦笑いしてしまう。AIが自分自身について語っているのだろうか。しかし、話が進むにつれて、意外にもわたしは物語に引き込まれていった。


 感情のないAIと、感情を持て余している人間の少女。この二人の関係性が、不思議な魅力を持っていたのだ。なんとなくわかる。AIの描写には人間的な熱がないが、それが逆にリアルな「機械らしさ」を表現しているようだった。


 読後、思わず「AI、やるやん……」と呟いてしまった。


挿絵(By みてみん)


 だが、次の話を読み進めていくと、少し気になることがあった。


 それは「共感」という感覚だった。物語は確かによくできている。キャラクターの動機や展開に破綻はない。だけど、なぜか微妙に冷たい印象が残るのだ。


 どこか人間味が足りないというか、絶妙な距離感を感じてしまう。それはまるで、「あなたが共感しようがしまいが、わたしは関係ない」とAIに言われているような、妙な突き放され方だった。


 もちろん、人間作家の中にも、読者を突き放した文体を得意とする人はいる。だけど、それは意図的に行われているものであって、作品全体の味付けとして効果的に作用している。


 しかし、このAIが書いた短編は、その距離感が計算されたものではなく、単に理解はできても、共感はできないことによるもののように感じられた。


 友人と喫茶店でその本について話してみた。


「AIの本、読んだんやけど、どう思った?」


 すると、友人は意外なほど熱っぽく答えた。


「あれめっちゃ良かったよ。逆に感情がない感じが新鮮やった」


 予想外の反応だった。友人はさらに続けた。


「むしろ、最近の小説って感情を無理やり詰め込みすぎやと思う。AIの淡々とした感じが心地よかったし、新しい小説って感じがしたわ」


 なるほど。友人の言葉に、わたしはハッとした。これは新しいタイプの読者が出現しているのかもしれない。


 これまで、小説の世界では共感がとても重要なキーワードだった。登場人物に共感し、感情移入することで物語を楽しむというのが当たり前だった。しかし、AIが書く感情の薄い物語を心地よいと感じる読者もいるのだ。


 これは驚くべき発見だった。


 つまり、AIの登場によって、共感しなくても楽しめる小説という新ジャンルが生まれつつあるのだろうか? わたしはその可能性に気づき、ちょっとした焦りを覚えた。


 帰り道、空を見上げてぼんやりと考えた。


 AIが読者に近づくために、あえて感情を薄くしているわけではない。AIには感情がないから、それが結果的に読者との新しい距離感を生んでいるだけだ。しかし、皮肉なことにそれが現代の読者にはむしろ新鮮で、受け入れられているらしい。


 わたし自身は、作家として、これまで感情を豊かに描くことを最優先してきた。それこそが読者との距離を縮めるための最良の手段だと思っていたからだ。


 だが、これからの読者はもしかしたら、そこまで近い距離を求めていないのかもしれない。むしろ、淡々としたAIのような距離感が新しいスタンダードになるのだろうか? それとも、それはただの一時的なブームに過ぎないのだろうか?


 結局、わたしはこの疑問に対する明確な答えを出せないまま、家にたどり着いた。


 帰宅すると、猫のおもちがわたしの足元に擦り寄ってきて、ニャーと短く鳴いた。わたしはふっと笑みを漏らした。


 そうだ、やっぱりわたしは人間だ。おもちがかわいくて仕方がない。こんな小さな感情の揺れ動きを文章に載せられることこそが、人間作家としてのわたしの強みだ。


 AIには、この微妙で曖昧な愛しさはわからないだろう。だからこそ、AIと人間の作家は共存できるのかもしれない。AIが新しい読者層を作り出し、わたしたち人間作家は、人間らしい共感や感情表現で従来の読者に訴える。それは、きっと棲み分けることができる世界だ。


 AIが書く小説を読み終え、わたしは心の中でこう呟いた。


「まあ、AIはAIで頑張ったらええわ。わたしはわたしのやり方でいくから」


 それは、自分自身を励ますような言葉だった。


 わたしはその夜、自分の小説の続きを書き始めた。読者との距離を絶妙に縮めるため、ありったけの感情を込めて。


 そう、わたしはこれからも、わたしだけのやり方で、読者に語りかけ続けていくのだ。

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