1- AI、小説を書くってよ
世の中には、にわかに信じがたいことというのが多々ある。たとえば、冷凍庫に入れっぱなしで霜にまみれた謎の食品が発掘された時とか、ふと買い物袋をのぞいたら卵が割れて白身がトロリと袋の底に広がっているのを発見した時とか。
先日、Twitter(Xとは意地でも言わない)を眺めていたら、まさにそういう信じがたい出来事に遭遇した。
『AIが小説を書いているらしい』
わたしはスマホを握ったまま固まった。AIが小説? え、マジで? SF映画や漫画の話ではなく、現実に、今まさにAIが書いているというのだ。
それは、少し前に流行った『AIイラスト』みたいなものだろうか? あれもすごかった。SNSを見ればAIで描いた美麗なイラストがあふれていて、そのクオリティたるやプロのイラストレーターを震撼させたらしい。わたしも試したが、操作が簡単すぎて逆に怖くなり、結局それっきり触らずじまいだった。
しかし、小説となれば話はまた別だ。イラストは直感的な美的感覚で評価されることもあるけれど、小説には文章力や感性、構成力、何よりも『人間的な感情』が必要だろう。だって小説家とは、言葉を通して読者に共感を生み、笑いや涙を与える仕事だ。
それがAIにできるとはとても思えない。そんなの、家の猫に『ハムレット』の朗読を頼むようなものではないか。
半信半疑ながらも気になったわたしは、興味本位で試してみることにした。ネットで検索したらすぐに『小説執筆AI』というサイトを見つけた。恐る恐るクリックしてみると、シンプルな入力欄が表示された。
『AIに書かせたい内容を入力してください』
AIのくせに命令口調じゃなくて、えらく丁寧である。ちょっと拍子抜けしながらも、とりあえず入力欄にテーマを書いてみる。
『喫茶店で出会った男女が、偶然同じ本を読んでいたことで始まる恋愛小説』
まあ、よくあるパターンである。こんなベタな設定であれば、AIでも何とか書けるんじゃないだろうか。やや軽い気持ちで、送信ボタンをポチッと押した。
画面にはクルクルと回るアイコンと、『執筆中です。少々お待ちください』という表示が出た。まるで小説家がコーヒーを飲みながら苦悩しつつ執筆しているようなフリをしているが、実際は5秒ほどでパッと文章が現れた。
それは、こんな一文から始まった。
『雨上がりの午後、静かな喫茶店で彼女はページをめくった。ふと顔を上げると、向かいの席の男が同じ本を手にしているのが目に入った。二人の目が合い、時間が止まったような気がした――』
おいおい、AI、なんかやるやん。
AIが生成した文章は思ったよりもずっと流麗で、正直わたしは一瞬びっくりした。予想していたロボットのような硬い文章ではないし、むしろ雰囲気があって良い感じだ。まるでどこかの作家さんが書いたみたいである。
しかも、その後の展開もなかなか巧妙だった。
『男は微笑みながら彼女の本を指差し、「まさか、君も"銀河鉄道の夜"が好きなの?」と言った』
定番中の定番だが、意外と自然に会話が成立している。登場人物も普通に人間らしいし、台詞もスラスラ入ってくる。もちろん、プロの作家が書いたものとは比べ物にならないが、書き出しや物語の骨格としては十分だった。
正直、わたしはちょっと焦った。これ、ほんまにAI? どこかで人間が隠れてるんちゃう?
疑心暗鬼になりつつも、そのまま続きを読んでみると、AIの物語は徐々に怪しくなり始める。
『男は急にコーヒーカップを持ち上げながら空中浮遊をし、「君も宇宙を旅したくないか?」と誘った。女は頷き、店内の壁をすり抜けて、二人は銀河の果てへと旅立った』
……急にどうした。
展開がシュールすぎてついていけない。さっきまでのリアリティは一体どこへ行った? いや、確かに宮沢賢治っぽく宇宙に飛び出したかったんだろうけど、それにしても飛躍しすぎやろ。やっぱりAIには、こういう微妙な感覚がまだわからないのかもしれない。
わたしはちょっとだけ安心した。これならまだ、人間作家の方に分がある。AIには人間らしいバランス感覚が足りていない。
ただ、同時にこんなことも思った。AIがこれほど進化しているのなら、近い将来にはリアルで完成度の高い小説がAIによって書かれる日も来るかもしれない。その時、小説家はどうなってしまうのか。
複雑な気持ちで画面を眺めていたら、AIの最後の一文が目に入った。
『彼らは宇宙の旅を終え、再び喫茶店に戻ってきた。テーブルの上には冷めかけたコーヒーと読みかけの"銀河鉄道の夜"が置かれていた。すべては夢だったのだろうか』
なんとまあ、夢オチである。AIよ、それはいちばんやったらあかんやつや……。
とりあえず、このAIの書いた小説を友人に見せてみたところ、「オチが昭和すぎて逆に新しい」と、よくわからない称賛をもらった。何だかんだ言っても、AIのおかげで笑える話題がひとつ増えた。
そう考えると、AIと小説家の未来は意外と楽しいことになりそうな予感がした。
そんなわけで、今日もわたしはAIと共に、少し奇妙な未来に一歩踏み出したのである。