98 再び高校へ
教室の中で、ぼんやりと自席に着いている自分。
窓からは暑くも寒くも無い9月の柔らかな空気が流れ込み、32の椅子と机が午前の日差しを静かに浴びていた。
懐かしさと切なさが込み上げてきて、また涙が出そうになる。私はここで仲間と共に信じられないような冒険や、数多くの出来事を経験したのだ。
ん?
いや、ちょっと待て。これは自分の夢……だよな?
なぜこんなにもリアルなのだ。
まさか、まさか……?
誰かが廊下を歩いて来る。教室の前で立ち止まり、そしてドアを開けた。
そこに1人の女子生徒がいた。
セーラー服姿に、ふわっとした縦ロールのセミロングヘア。大きな瞳と整った鼻立ち。高校生離れしたプロポーション。
惚けた私の顔を見て、彼女は照れくさそうに笑っていた。
「えっへっへ。戻ってまいりました」
思わず近くまで駆け寄り、顔を覗き込む。
涌井さんだ……確かに涌井さんだ。
「ちょっ……あんまり見つめないでよ。恥ずかしいじゃない」
「死んだはずじゃ……?」
「そう。おばけなんです」
言いながら、手を胸の前でブラブラと振って戯ける涌井さん。私はそれをただポカンと口を開けて見ていた。
意味がわからない。どういうことなんだ?
 
すると彼女の背後で声がした。
「あんまりふざけては、北村さんがかわいそうですよ」
「久しぶりじゃのう、兄者っ」
ミッキーとチィが、ニコニコ笑いながらドアの影から顔を出した。
状況を飲み込め無い私は、ひたすら困惑した。
 
「北村くんが、私を無理やり離脱空間に引き込んだでしょう?そのあと、気が付いたら全く無関係な人の夢世界へ行ってしまったの。その人はイギリス人。信じられる?私は外国に飛ばされたのよ!」
涌井さんがケラケラと笑う。
「でね、その夢世界で離脱空間を見つけて、そこを抜けたら、今度はケニヤの人の夢にいたの!」
「……どういうこと?」
「よく分からないんだけど、意識だけが私の体から抜けたみたいなのよ」
「それってスゴイんですよ」
ミッキーが身を乗り出し、興奮した様子で説明を始めた。
「夢渡り、という能力です。50年ほど前に、チベットの高僧がそれに成功したという一例が文献に残されているだけで、実際に確認されたことは無かったんです」
「つまり、肉体は滅びても精神だけが生き続けている、ということ?」
「その通りです!」
「天晴れじゃ!」
チィがバトンをくるくると回した。
「涌井さんが我々の機関と接触したのは1週間前。北村さんもご存知のヒデさんの夢に偶然入り込んだ事がきっかけでした」
「まさか、王様の中に入るとは思っていなかったわ」
涌井さんが頭をかきながら苦笑する。
「機関はそりゃもう大変な騒ぎになりまして、真っ先に私が駆り出され、先日の3連休はずっと本部研究室に缶詰でした」
「調子こいて色々な人の夢に潜り込んでいたら、いつの間にか日本へ戻って来ちゃったのよ」
 
信じられない。とても信じられない。
だが、私の目の前には彼女がいる。なんという事だろうか。
「本当に涌井さん?君、死んだんだろ?なぜ、そんなに元気そうなんだ?」
私は手がワナワナと震え、彼女の姿が涙で霞む。
今まで心の中へ押さえ込んできた、様々な感情が一気に噴出してきた。
「通夜で君の死顔を見た。君のお母さんとも話した。火葬場に行く君の棺も見送った。ミッキーもチィもたくさん泣いたんだ」
言いながら涙がどんどん溢れ、鼻水がダラダラと流れてきた。
「僕も……僕も、あんなに泣いたのは、親父が死んだ時以来だ」
いつのまにかミッキーもチィも涙を流していた。涌井さんも下を向いて涙をため、顔を真っ赤にしている。
「また泣かせやがって……僕の涙を返せよ。ちくしょう」
「ごめん……ごめんね。真っ先に北村君の所に行きたかったけど、どんな顔して会ったらいいのか分からなくて……恥ずかしくて」
涌井さんが両手で顔を覆った。
私は3人を引き寄せ、思いっきり抱きしめた。
「でも、めちゃくちゃ嬉しい!もう一度会えるなんて、夢みたいだ。また皆でここで会えるなんて、本当に夢のようだ!」
私達は声をあげて泣きながら、強く抱き合った。




