97 落涙
冷たい雨が降りしきる中、涌井さんの通夜が営まれた。
公営住宅の共同会館がその場所だった。
年老いた母親と弟夫婦であろう人物が、参列者に向かってしきりに頭を下げていた。
会場に制服姿のミッキーとチィがおり、私の姿を見つけると駆け寄ってきた。2人は涙で目を真っ赤にしていた。
「北村さん……お身体は、もうよろしいんですか?」
「ああ。まだ目眩は残っているが、こうして歩くことはできるよ」
「兄者?このオジサンが兄者なのか?」
チィが目を丸くして私の顔を覗き込んだ。
「驚いたかい?これが本当の姿なんだ」
「私のお父さんくらいの歳だ……でも、確かに歳を取った兄者だ」
「そうか……そうか……」
私は微笑みながらチィの頭を撫でた。
酔っ払って転倒し、ごみ収集所に頭から突っ込んだ私は、急に意識不明となりそのまま入院。4日後に目を覚ました。
少しだけ目眩は残っていたが、奇跡的に骨折も出血もなく、すぐに退院できた。
涌井さんは長期間の入院で体力の限界が来ており、数日前から容態が悪化し、私の意識が回復してから数時間後、静かに息を引き取った。
葬儀祭壇の向こうへ安置されている彼女の遺体は、なんだかとても小さく感じられた。
焼香を済ませ手を合わせた後、白布をそっと上げ彼女の死顔を見た。
私と同じ年齢の涌井さんがそこにいた。
とても安らかな寝顔だった。
声をあげて泣くミッキーとチィの姿に彼女の親族がつられて涙しながらも、不思議そうに2人を見ていた。
「あのう、失礼ですが、娘とはどのようなご関係でしょうか」
彼女の母親が私に尋ねる。
「ご挨拶が遅れました。私は高校時代のクラスメイトで北村と申します。この度はお悔やみ申し上げます」
「あら、狩谷高校時代のお友達?来てくれてありがとうございます」
そう言って深々とお辞儀をする。
親子共々そっくりな目元で、涌井さんの顔と少しだぶって見えた。
「私が交通事故で市立病院へ入院した際に、偶然、彼女のことを知り、病室へ会いに行っておりました」
「ああ……そうだったんですか。もう、お身体は大丈夫なの?」
「はい。おかげさまで、なんとか」
「でも、これで分かりました。どうりで娘は……ええ。ええ」
涌井さんの母が目を細め、クスリと微笑みながら何度も頷いた。
「……何か?」
「あの子、ここ数ヶ月前から体力が落ちていたんですが、時々笑っていたんですよ。おかしいでしょう?寝ながら楽しそうに笑うんです。あなたがお見舞いに来てくれたからですねえ」
その言葉を聞いて、私の目から涙が溢れてきた。
「そうですか。笑っていたんですか……笑って……」
ミッキーとチィも、さらに顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
葬儀が終わり、慌ただしい日常生活が戻ってきた。
私は気が抜けてしまい、しばらくぼんやりとした日々を過ごしていた。
仕事にも復帰したがどこか身が入らず、気がつくと一点を見つめたまま考え事をしていることがあった。
夜中、狩谷高校や彼女の夢を見て飛び起きる事があり、その度に泣いていた。
そして1ヶ月ほどたったころ、また狩谷高校の夢を見た。




