92 金に目がくらんだ男
体育館のほぼ中央にパイプベッドがあり、そこに涌井さんが眠っていた。
ミッキーとチィが駆け寄って揺り起こそうとしたが、関谷が投げやりな物言いで、それをたしなめた。
「やめとけ。ここに来た時から、ずっと寝たままなんだ」
我々は涌井さんの顔を覗き込んだ。
「まるで人形のようじゃ。生気が感じられない」
「長く混信状態が続いたせいでしょうか。体調が気になります。すぐに元の夢世界へ帰さないと」
涌井さんの額に付いている電極を外し、抱き上げようとすると関谷が慌てて駆け寄ってきた。
「おいやめろ!勝手に電極を外すな」
すかさず私は電光剣を彼に向けた。
「ま、待ってくれ。内藤さんの夢世界は規模が狭い。だからアプリを使って、涌井さんの夢世界を移植したいんだ!もう少しでその作業が終わる。ちょっとぐらい協力してくれよ」
「移植処理とやらが成功したとして、その後、内藤さんはどうなるんだ?」
「それは……ずっと眠ったままになる。夢のメタバースの土台だから……」
「私が寝たままに?なに、それ」
話の内容が掴めない内藤さんが、戸惑いながら私と関谷を交互に見た。
「い、言おうと思っていたんだよ、後で……」
汗だくになった関谷が、作り笑顔でそう答えた。
「家族のいる内藤さんを寝たきりにし、涌井さんは容態が悪化して死ぬかもしれない。君のいうビジネスとはそういう外道の上に成り立つものなのか?」
「主婦と病人など、何の役にも立たない連中じゃないか。俺がこういう形で社会貢献させてやろうってんだ。むしろ良い話しだ」
ついに本音を口にした関谷。
彼にとって他人とは、カネを儲けるための道具に過ぎないのだ。
私は関谷の姿が霞んで見えてしまうほど、頭に血が上った。こんなにキレたのは久しぶりだ。ミッキーとチィも、怒りでブルブルと震えている。
「最低です!あまりにも酷いです!」
「人でなしとクズを絵に描いたような男じゃな。同じ空気を吸っていると思うだけで虫唾が走るわ」
「なあ、ちょっと待てよ。頼むよ」
なお懇願している関谷に、私は冷たい視線を送った。
「これから涌井さんを元の夢世界へ戻す。内藤さんは我々が保護し、このままリアルワールドへ帰還してもらう。君も我々と一緒に帰るぞ。そして法の裁きを受けろ」
床を見つめたままこぶしを固く握りしめていた関谷だったが、急にアクセスツールを取り出して操作し始めた。
「くそっ、くそっ、くそっ!!このまま終わらせるか!もう少しで大金が手に入るんだ!失敗するわけにはいかないんだよ!」
体育館の床から生えてくるようにモヒカン男達が出現し、やがて体育館を埋め尽くした。
こいつめ。本格的に我々とやり合う気だな。
一気に緊張感が高まり、背中の産毛がチリチリと逆立った。私は電光剣を出して構え、背後のミッキーへ言った。
「バリアを頼む。涌井さんと内藤さんを守ってくれ」
「はいっ!」
クルクルと光の鞭を空中で回すと、直径2メートルほどのドーム状バリアができた。
「チィは僕の後ろで援護を!そして例の夢Pを頼む」
「御意!」
両手でバトンを回して拳法家のように構える。
「夢P発動!妄想力解放、さらに全っ開っ!」
チィの発する強烈な夢Pが、金色の光球となって広がった。
 




