89 世の中はお金よ
その時、聞き慣れた声が聞こえた。
「ちょっと、あんた達どきなさい、邪魔よっ」
男達をかき分けるように、セーラー服姿の涌井さんが駆け寄ってきた。
「みんな久しぶり」
元気そうな笑顔でピースサインを見せる。
大きく目を見開いていたミッキーとチィだったが、やがて涙を流しながら涌井さんへ抱きつき、モヒカン男に囲まれている事も忘れて再会を喜んだ。
「また会えて嬉しいぞ」
「心配しました。心配しました……」
「ちょっとどうしたのよ、大袈裟ね~」
困ったように笑いながら自分の頭を掻く涌井さん。彼女は我々を取り囲んでロボットのように立っている男達を一瞥すると、手を払って避けさせた。
「アンタ達どっか行きなさいよ。さあ、早く」
命令を受け、ぞろぞろと散開していくモヒカン男達。
私たちはその光景に驚いた。コピー人間たちは関谷の持っている機械から生み出されたものなのに、涌井さんの言うことを聞く筈はないのだが……。
「涌井さん。これは一体……?」
訝しむ私を前に、彼女はニッコリ笑った。
「私、関谷さんと契約したのよ。内藤さんっていう人も一緒にね」
「まさか」
「信じられません」
「それはまことか?涌井殿」
「てへへ。あれだけ反対していたのに、ごめんね」
照れくさそうに舌を出す。
「なぜ、急に気が変わったんだ?」
「これよ。これ」
涌井さんは人差し指と親指で輪っかを作った。
「カネ……か?」
「まあ、ね。世の中はカネよ。おカネがあれば、何だって出来ちゃうじゃない」
彼女らしくない意外な言葉に、我々はお互いの顔を見つめ合った。そんな微妙な空気を感じ取ったのか、涌井さんは取り繕うように言った。
「それに、ほら。私の入院費用もバカにならないじゃん?」
確かに。
医療費が馬鹿にならないのは、先日入院した私が身を持って知っている。
「もう一つ別の理由もあるのよ。私の夢の力がデカ過ぎたせいで、内藤さんの夢と混信しちゃって、かなり迷惑かけているのよ。関谷さんの会社には夢を安定させる機械があるから、それのお世話になろうかな、と」
「関谷君はどこに?」
「あの人なら一度リアルワールドへ帰るって言って鏡の向こうに入ったわ。何だか忙しいみたいよ」
「内藤さんは?」
「こっちよ。着いてきて」
3人で涌井さんの後をついて歩く。大勢のモヒカン男達が波を分けるように道を開けた。




