84 スーパー銭湯
常々不思議だったが、夢世界の筈なのに動けば汗が流れる。空腹も感じ、くしゃみも咳も出る。
これらは自分の脳が感じている事なので、夢世界であろうと脳的には『現実』なのだ。
なるほど、関谷がメタバースにしたがる理由も分かる。
夢の中であろうと「入浴してスッキリした」という脳の満足感さえ得られれば、実際の銭湯が無くても良いわけで、恐ろしく低コストの施設が作れるのだ。
モールへ戻った我々は、併設するスーパー銭湯へ向かった。
女性陣は楽しそうに女湯へ消えていき、広い男湯には私1人だけが入った。
弓矢で受けた傷をかばいながら露天風呂の湯に浸かる。
「フウ」
一息つく毎に心配事が洗い流されていくようで、たちまち気持ちが安らいだ。
女湯の方から、チィの甲高い笑い声が聞こえた。女子達は仲良くやっているようだ。
「兄者っ〜!こちらに来るか?楽しいぞ!」
突然、チィの声が聞こえた。
「バ、バカ言うな!」
「なんじゃ。照れておるのか?」
再び女子達の笑い声。
「私は平気よ~」と、内藤さんの声。
「ダ、ダメですよ皆さん!」と、ミッキー。
うん。和む。元気が出てきた。
私は女湯へ向かって言った。
「僕達は様々な窮地を乗り越えてきた最強のチームだ。実に良い仕事をしている」
「そうじゃ。なんてったって、私がおるからの」
ふざけたようにチィが言うと、女子達がケラケラと笑った。
「今は困難な壁が目の前にあるけど、壁というのは超えられる可能性がある者にしかやってこない。それを超えることによって我々はさらに結束し、成長するんだ」
「北村さん……」
「ミッキー。心配することはないよ。僕が高校生の姿をしている限り、涌井さんは無事だ」
「はい。そうですね……そうですよね」
「うむ。さすがは兄者、いい事を言う」
「本当に35歳っぽいわね〜。会社の上司みたい」
「ミッキー殿。顔が赤いぞ。兄者の言葉で胸キュンしたのか?」
「え?こ、これはお風呂のせいで逆上せたんです。からかわないでください」
女子達が笑った。
ふと、その声が途切れて静まり返った。
「あれ、何?」
内藤さんの声が聞こえたその直後、女子達の悲鳴が浴場内に広がった。
「きゃあ!」
「兄者っ、大変じゃ!奴らが襲ってきた!」
私は浴場を飛び出して、大急ぎで女湯へ駆け込んだ。
唐突に夢Pが始まり、気分がアクションな雰囲気に染まる。私の脳内には再びバイオレンスな感覚が広がった。
モヒカンヘアとマッチョ姿の帝国軍達が、露天風呂エリアの目隠し用の垣根を破壊して入り込み、内藤さんへ向かおうとしていた。
「馬鹿な!ここは2階だぞ。よじ登ってきたのか?」
「北村さん!内藤さんを……内藤さんを!」
フェイスタオルで体を隠したままのミッキーが光の鞭で男達と戦っていたが、思うように動けず苦戦していた。
女湯内は帝国軍の男達に埋め尽くされている。私は虫を払うように電光剣を振り回し、奴らを倒した。
内藤さんは石鹸や椅子を投げつけていたが、シャンプーを握りしめたところで男の一人にヒョイと持ち上げられた。
「助けて、北村くん!」
内藤さんが手を伸ばす。
私はダッシュしてその手を握ろうとしたが、その指先に少し触れたところで湯船に落ちてしまった。
彼女を抱きかかえた男達は、猿のようにスーパー銭湯の壁を伝って降りていき、そのまま住宅街の向こうへ走り去っていった。
なんてこった。こんな形で我々を襲ってくるとは……。
「君達は無事かい?怪我は?」
「平気じゃ。しかし、さすがの私もびっくりして腰が抜けてしまった。まさか露天風呂の外から襲ってくるなんて」
座り込んでいたチィが、尻の辺りを撫でながら立ち上がった。
目の前に細く薄っぺらな少女の裸体があり、ここが女湯だった事を思い出した私は凍ったように動けなくなった。
「北村さんこそ、大丈夫で……」
言いかけたミッキーの視線が徐々に降りていき、私の体の股間部分で止まった。
そして口をパクパクしながら顔を真っ赤に染めた。
私は全裸のままだった。




