73 離脱空間へ
「しばしの別れじゃ、涌井殿っ」
鏡から上半身だけ出したチィが笑顔で手を振り、それに涌井さんが応えた。
「あんたも、元気でね」
次は私の番だ。怖がって暴れる関谷の襟首を掴んで、一緒に鏡の前へ立つ。
「じゃあ……また」
「うん」
涌井さんと握手を交わす。背中がスルリと鏡に吸い込まれると同時に、彼女の温かい手が離れた。
離脱空間に浮かんだ私の身体は、慣性の法則のようにゆっくりと前方の光へ向かって進んでいく。
四角い窓のように黒い空間へ浮かぶ鏡の裏面。徐々に遠ざかっていくそこに、ミッキーと涌井さんの姿がシルエットとなっていた。
何かを話し合っているようだが、どうしたのだろう?
深刻な様子だが、まさか、またトラブルでも……?
様子を伺っていると、不意にその鏡が割れて四散し、2人が離脱空間へ吸い込まれたかのように見えた。
気のせいだろうか、見間違いだろうかと目を凝らしたが、離れていくに従って視界から遠ざかっていった。
「怖いっ。怖い~」
チイが叫びながら私の腕にしがみついてきた。関谷も悲鳴を上げながら手足をばたつかせている。
「兄者!ここは何なのー?!」
「離脱空間だとミッキーが言っていた。もうすぐ終わるよ。ほら」
光が見える。あそこを抜ければ夢から覚醒するのだ。
スピードが更に増して、私達は眩い光のゲートを潜り抜けた。




