63 大人の儲け話
「いやー、すごいもんです」
海水浴後の露天風呂に浸かっている時、関谷がそう言いながら隣へやってきた。
海には来なかったのに風呂には来るのか?と、私は少し疑問に感じつつも、愛想笑いで彼を迎えた。
「色々と散策したのですが、ここは夢世界とは思えないほどのクオリティです。どのオブジェクトもしっかり作り込まれています」
急に親しげに語りかけてくる関谷に戸惑いながら、私は「ほう。そうですか」などと無難な返事を返した。
「ところで如何なものです?若返った気分というのは」
「そりゃもう最初は奇妙キテレツでしたが、不思議なもので徐々に順応していきました。心は中年のままですがね」
関谷はクックックと笑った。
「確かに喋り方がオジサンだ。見た目が高校生だから調子狂っちゃうなあ」
「そりゃあ失礼しました。では、私はお先に上がりますよ」
立ち上がろうとした私の肩を、関谷が掴んだ。
「他の人もこの夢の中で若返ったり、遊んだりできれば素晴らしいと思いませんか?」
そう言ってニコリと笑う。
「三木くんの報告書を読んだときは半信半疑でしたが、実際にここへダイブして分かりました。こんな夢世界は他に無い。これを使わない手は無いと思いませんか?」
「ええと、そりゃまた、どういう意味でしょうか?」
関谷が小声で言った。
「実は、新規事業の立ち上げ計画が進行中なんです」
女湯の方から「キャー」と、いう歓声が上がった。女子達が盛り上がっているようだ。
「この世界を、もしメタバースとして活用できたら素晴らしいと思いませんか?」
あまりに突飛なことを言われ、私は思考が停止してしまった。
関谷が横目で私を見ながら言った。
「あなたの事を調べました。北村豊35歳、独身。株式会社犬丸商事という中規模の商社へ勤めている平社員。年収は日本の一般的なサラリーマン程度。しかし、あなたは夢の中という特殊な環境へ見事に順応し、三木くんのミッションへ急遽参加して、事案の解決へと導く重要な役割を果たした……」
関谷はそこまで一気に話すと、大きく息を吸い込んだ。
「あなたの持っている、夢世界への高い順応力。その才能を活かしてみませんか?」
「ほう。具体的に、どう活かせるんでしょうか?」
「メタバースへの計画は着々と進行しています。今ならあなたをプロデューサーとしてお迎えできます。先ほどの年収の4倍を出せますよ」
「一体どうやってここをメタバースにしようというのですか?涌井さんの夢の中ですよ」
「我々機関の人間が、機器の力を使って夢の中へダイブしている事は、ご存知ですよね?その大規模なマシンを開発中なんです。誰もが気軽に夢世界へダイブできるようになります」
「涌井さんが、それを許す筈は無い」
「彼女にも、ちゃんと報酬が支払われます。ただ、説得が必要なので、あなたにも手伝って頂きたいと……」
「関谷さんの組織は、そういう営利事業も行うのですか?確か国の機関だと聞きましたが」
「実は外国の某企業から引き抜きの誘いがありましてね。転職するには手土産が必要なんです」
彼がクックックと噛みしめるように笑った。
「ミッキーやチィにもこの話を?」
「まさか。彼女達は未成年者。お子様にはまだこの手の儲け話は早いですから」
関谷は立ち上がると湯船から離れ、
「悪くない話だと思いますよ。考えておいてくださいね」
と、言いながら去っていった。




