5 営業スマイル
「私は北村豊と申します。実は、交通事故に遭って、気がつくと、なぜか母校にいました。このような事は初めてなので、何が何やら見当がつかず……ともあれ、今後ともよろしくご贔屓にお願いいたします」
いつもの習慣で営業マン的な口調となったが、構わずに内ポケットから名刺入れを出そうとした。だが、学ランを着ている事に気がつき、まさぐる右手の行き場に困って、愛想笑いしながらそのまま頭をかいた。
「随分とオヤジくさい話し方だな」
「本当に同級生なの?」
王様と魔法使いは顔を見合わせ、訝しんだまま私を見定めるように頭から足先まで眺めた。
「だが、自己紹介されたからには、こちらも礼儀を返さねばならぬ」
王様はバサリと派手にマントをなびかせるとクイと顎を上げた。
「我が名はヒデ。この国の王にして剣士。俊傑の勇王とは我のことである!」
そして、剣を頭上へ掲げた。
「我々はこの呪いの森を支配している魔王を討伐するため暗黒城へ向かっておるのだ!」
続いて魔女が大きな杖をクルクルと回転させ、ポーズを決める。
「私は魔道士の塩原。あらゆる黒魔法を極め、神をも凌駕する魔力を持つ!この私を越える魔人は世界に存在せぬ!」
2人の妙に演劇っぽい口調に私は引き気味になった。
まあ、コスプレしている人がキャラになり切ってしまうのは良くある話だ。ここは寛容に受け止めるべきだろう。
ふと思った。
王様ヒデと魔女塩原に怪しまれ拒絶されていると言うことは、ひょっとして、私は3人の世界を壊している邪魔者なのかもしれない、と。
涌井さんとは高校時代の旧友であるが、この2人にとっては全くの部外者。ここは忖度し、早急にこの場を立ち去るべきであろう。
実際、私は彼らに構っている余裕は無いのだ。元の世界へ帰る方法を調べなくてはならないし、何より自分が高校生に戻った秘密も知りたい。
とりあえず営業スマイルで王様へ頭を下げた。
「お楽しみのところお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした。では、私はこれにて失礼させて頂きます」
回れ右で学校へ戻ろうとすると、涌井さんが私の腕を掴んで引き留め、2人へ向かって言った。
「この人は魔王討伐に必要な仲間として私が呼んだのです」
思わぬ発言が飛び出し、驚いた私は「ええっ?」と涌井さんを見つめてしまった。




