58 涌井さんvsチィ
倒れたままのミッキーが小声で呟いた。
「では、シナリオ通りにお願いします」
軽くうなずいた涌井さんが、腕を組んだまま一歩前へ出る。
「あら。チィったら、なかなかやるじゃない。でも私に勝てるかしら。逃げるなら今のうちよ」
「私は戦士!戦いは放棄せぬ!」
「果たして、あなたは私を救えるかしら?オーッホッホッホ!」
高らかに笑う涌井さん。
その様子を見たミッキーが、倒れたまま親指を立てた。
「実に良い具合の煽り方です。バッチリです」
チィがバトンをまるでヌンチャクのように回転させ、再び呪文を唱えた。
「光の海より生まれし力よ。今こそ我の刃となりて闇を斬り裂け!最高位破壊波!」
バトンが青白く光り始め、放電のようなスパークがいくつも弾けた。
「ええと、私は何て言えばいいの?」
「闇っぽい言葉を言ってください」
ミッキーが倒れたまま助言する。
「ちっとも思いつかないわ」
涌井さんが頭を抱える。
闇っぽく、邪悪な言葉……そうだ!閃いた。私は彼女へ向かって叫んだ。
「ハードロックとか、ヘビーメタルにそれっぽい言葉があるよ!」
「なるほど!じゃあ、エンジェル・オブ・ダークサイド!」
言うや否や、涌井さんの両手の指先から凄まじい勢いの赤い光線がチィへ向かって発射された。
「キャーッ!」
悲鳴を上げたチィが慌ててそれを避ける。
倒れたことを忘れたミッキーが、ガバリと起き上がった。
「効き過ぎです!もう少し抑えて下さい」
「え?じゃあ……インナーアビス!」
今度は涌井さんの手のひらからソフトボール大の光球が飛び出し、ゆっくりと空中を漂うとチィの足元にポトリと落ちた。
「ありゃ。今度はちょっと弱かった?」
チィが再びバトンを縦に構えて魔法の詠唱を始めた。
「風よ。雲よ。大地の怒りと共に轟きの刃を撃ち放て!神聖之息吹!」
バトンからイナズマが放たれ、涌井さんを目掛けて突き進み、足元の地面へバシッと当たる。
「きゃっ!ちょっと危ないじゃない?!少し力を抑えなさいよ!」
「問答無用じゃ!」
「むうう。こうなったら……!」
涌井さんが両手をサッと前方へ向けた。
「ナイトメア・オブ・デス!えーと、それから、デス・アンド・デス!」
掌から光球がいくつも出現し、空へ舞い上がると放物線を描きながら急降下してきた。それらはチィの足元へドカドカと激突し、派手な爆発音と共に砂煙を巻き上げた。
「涌井さん、また、やり過ぎです!」
「何よ、せっかくいいところなのに」
「今のうちに倒れて下さい」
「え?不自然じゃない?」
「魔法力が無くなったと言って下さい」
「……面倒くさいわね」
 
砂煙の中から颯爽と現れたチィがバトンを構え、空手のような型をキメた。
「なかなかやるな闇の眷族よ。だがこの程度の攻撃で……」
「ううっ!魔法力が無くなった」
涌井さんが胸のあたりを両手で押さえ、苦しげな演技をする。そして、倒れているミッキーの隣へ並ぶように寝転がった。
その様子を見たチィが「フフン」と鼻で笑う。
「魔法力の残量を忘れて戦うとは、とんだ素人だな」
彼女の言葉に倒れていた涌井さんが「なんですって!」と、怒鳴りながら起き上がろうとしたが、ミッキーが素早く制止した。
 




