46 告白
陽が落ちる前に合宿所へ移動した。
久々の来客に喜んだ涌井さんが、夕飯は自分が作ると張り切り「あんた達は食堂で待っていなさい」と言い、厨房へ向かった。
やがて炊飯の香りが漂い始め、腹の虫が何度も鳴った。私は気を紛らわせようと、食堂の片隅に置かれているラジカセに目をつけた。
興味深そうにミッキーが覗き込む。
「それはラジオですか?その四角いのはカセットテープ?」
「そうそう。よく知っているね」
「祖母宅の屋根裏部屋で、見た事があります」
「このボタンを押して、ここに入れるんだ」
カセットテープを渡すと、ミッキーは操作に関する幾つかの質問をしながらラジカセを起動させていた。
とてもしっかりしていて良い子だなぁ。我が社へ入社したら、さぞかし仕事が捗るだろう。きっとこのように若い頃から組織の一員として働いているから意識が高いのだろうな。
「あの……そんなにジッと見つめられると、緊張します」
ミッキーは照れ臭そうに俯き、私も慌てて目をそらした。
こんな甘酸っぱいような気持ちを味わうのは何年振りだろうか。青春時代独特の嬉し恥ずかしさを再び経験できるとは思ってもいなかった。
「そういえば、お見舞いに来てくれたんだね。ありがとう。あのネズミのぬいぐるみに、勇気づけられたよ」
「え、えと……たまたま調査のために、あの病院へ行ったんです」
「僕があんなおじさんで、ショックだったろう?」
「い、いえ、良いんです。大丈夫です」
ミッキーの顔が真っ赤になっている。
「そういえば、機関から北村さんへ特別功労報酬をお渡しするとの事で、事前に告知して欲しいと上司から頼まれました」
「報酬!?ちなみに、お幾ら?」
「恐らく、このくらいだと上司が話しておりました」
ミッキーがVサインを出す。
「分かったよ。その2万円、ありがたく頂戴すると君の上司へ伝えてほしい」
「いえ。おそらく200万円くらいだと……」
「そ、そそそんなに!?」
「前回の件では、北村さんには本当にお世話になりました。私単独では解決できない事がとても多く、特別功労に相応しかったと思います。しかも学会報告レベルの事象が多く見られ、特異なサンプルケースとして全世界の姉妹機関へ報告することができました」
「いっその事、君の機関に転職しようかな」
ミッキーが笑う。
が、急に顔を真っ赤に染めながら伏せ目がちに言った。
「あの、お、お会いしたかった……です」
「そうだね。僕も皆に会いたかったよ」
「いえ。あの、その……私、北村さんに会いたくて、あの……す……モニョ」
ミッキーが目を逸らした。
これは、ひょっとして愛の告白だろうか?
何ということだ。この年齢になって、しかもこのような特殊な状況下でモテ期が訪れなくても良かろうに。
いまの私は高校生だが中身は中年オヤジ。彼女とはかなり年齢が離れており、釣り合うわけがない。
だが、ミッキーに告白されたのは事実。
私はその気持ちに、どう答えれば良いのだろうか。
「できたわよ~」
ガラガラとドアが開き、涌井さんが入ってきた。そして、私達の普通ではない雰囲気を感じて固まる。
ミッキーは慌てて私の側から離れた。
「どったの?ケンカ??」
「い、いえ、違いますっ。あの、この、ラジカセを……」
「ああ、それはマイフェイバリットテープよ。間違って消しちゃダメだからね。念のためツメを折ってね」
「……消す?……ツメ?」
ミッキーには意味がわからなかったようだ。




