40 病院にて
眠りから覚めた。
周りが明るく白い。私はベッドに横たわっていた。
目だけを動かすと、医療用カーテンと点滴などの器具が見える。
病院だ。
私の左肩は包帯で固められ、右腕には点滴の針が刺さっていた。
巡回の看護師が近づいてきたので声をかけると、驚いたように私を覗き込み、そして小走りに病室から出て行った。
しばらくすると、医者達がドカドカとやってきて私の名を呼んだ。
「北村さーん。起きましたか?気分はいかがですかー?」
ああ、そうか。
ミッキーから指摘されたとおり、私は車に撥ねられ入院したのだ。
医者の説明によると、怪我は奇跡的に肩の脱臼だけで済んだが、意識不明で3日間も寝ていたとのことだった。
なんと、車を運転していたのは上司だった。
彼は私に殴られたあと、発狂したように叫びながら会社を飛び出して行った。よほど悔しかったのだろう。私を轢き殺そうとして社用車を走らせたのだ。
もちろん上司は逮捕され、懲戒解雇となり会社から姿を消した。
高校生から中年へと戻り、しかも保険や保障といった現実的な問題が降りかかってきたので、頭が付いていけなかった。
やがて、私は本当に涌井さんの夢の中に入り込んだのか、それとも死後の世界で幻を体験したのか、分からなくなってしまった。
1週間ほど経ったある日の朝、目覚めると枕元に可愛らしいネズミのぬいぐるみが置いてあった。赤いリボンが結ばれており、そこにミッキーと文字が書かれていた。
「おお、これは……」
思わず声を上げた。国の機関の調査員である彼女が、入院中の私へ会いに来てくれたのだ。あれは幻などではなかったのだと、とても嬉しく思った。
新聞に私の事故のことが小さく書かれており、その隣には町の一角で起こった睡眠病の記事も載っていた。間違いなく涌井さんの夢暴走の影響だ。
大多数の人は夜に寝れなくなるなどの軽い睡眠障害だったが、中には悪夢を見続けたり、意識不明の人も数人いたらしい。幸い、その騒ぎは数日間で収まり、被害にあった人達も皆回復した。
リハビリで病院内を動き回れるようになった頃、偶然にも涌井さんについて知る事ができた。
なんと、彼女は同じ病院へ入院していたのだ。
看護師に案内されて病室へ入ると、そこには様々な機器に埋もれた涌井さんがいた。
夢の中で会った彼女がそのまま年齢を重ねた姿でベッドに横たわっている。大学へ入学してすぐに病気を患い眠った状態なのだという。
では、15年以上もこのままというわけか……。
私は涌井さんの手を握って語りかけた。
「君の夢、とても楽しかったよ」
『あんなの序の口よ。もっと楽しいことできるんだから』
彼女がそう言いながらフッと目を開けそうな気がして、私は思わずニヤけた。
枕元を見ると、ここにもリボンを付けたネズミのぬいぐるみが置いてあった。




