39 現実世界へ
合宿所を出てから校舎の中へ入り、辿り着いた先にあったのは、階段の踊り場にある大きな鏡だった。
「ここよ」
彼女が指差したのは、学校によくある何の変哲もない大鏡。私達はまじまじとそれを見た。
「今までも私の夢に入り込んだ人がいたんだけど、みんなこの鏡を抜けて現実の世界に戻ったわ。なぜこれなのかよくわからないけどね」
右手を鏡へ押し当てるミッキー。その手首がズルリとめり込んだ。
「……すごい」
驚きの声。そして今度は顔を埋め「うわぁ」と言った。
「この中は記憶と意識・無意識の境界領域———いわゆる離脱空間が広がっています。ここを通れば、私たちは涌井さんの夢世界から脱出し、元の世界『リアルワールド』へ戻れます!」
と、ガッツポーズする。
なるほど。分からん。
私達は、まだ意識が朦朧としているヒデと塩原を鏡の中へ押し込んだ。
「あの2人に伝えておいて『ゴメンね、楽しかったよ』って」
涌井さんがペロリと舌を出す。
「さぁ、次はあなた達の番よ。私はこの先には行けないから、ここでさよならよ」
「涌井さん。私は、あの……こんなに刺激的で楽しい仕事は初めてでした」
「ミッキーったら。あなた本当に可愛い子ね」
私達は涌井さんの手を取って硬く握手した。彼女は明るい笑顔を見せていたが、その瞳は涙で少し潤んでいるようだった。そして、唐突に「バイバイ」と、言いながら我々の胸元を押した。
「わっ!」
「ひゃっ」
背中から鏡へ吸い込まれた。
私達の身体は離脱空間へ浮かんでいた。
周囲は宇宙空間のように真っ暗だが、鏡の裏側がまるで明るい窓のように四角い穴となっている。そこには手を振る涌井さんの姿がシルエットで写っていた。
私達の身体は、前方に輝く光源へ向かって少しずつ進み始めた。
「あ、あのっ。北村さん」
ミッキーが私の手を握った。よく見ると、なんだか小刻みに震えており、額には汗もかいている。
「こ、こ、今回の任務は初めてのことばかりで、北村さんにはとてもご迷惑をおかけしました。実は、こんな離脱空間も初めてで……」
「そうなの?いつもはどんな感じ?」
「フッと、世界が変わるように現実へ戻ります」
飛ぶスピードがどんどん増してる。彼女が私の胸へしがみついた。
「ひゃあっ!」
「え?これが普通じゃないの?!」
「ち、違います!怖い……怖いぃぃっ」
音もなく猛スピードで飛んでいく。目が回りそうだった。
前方に光が見え始め、やがて私達はそれにスッポリと包み込まれた。
 




