37 ずっと一緒に
その言葉を聞いてピンときた。
なるほど。自分が若返った謎が解けたぞ。
35歳の私の意識が彼女の夢の中へ迷い込み、涌井さんの記憶に棲む高校生の私と合体したのだ。
「ねぇ。この世界は楽しいでしょう?ずっと一緒にいよう。お願い」
涌井さんが私の両手を握った。
ミッキーは地面へ女子座りしたまま子供のように指を咥え、ボンヤリと我々を見ている。
高校生へと若返り、雑多な日常を離れて夢の国で美少女と共に過ごす。ずっと繰り返される刺激的な映画ごっこ。ヒーローにも悪人にもなれる自由……。
素晴らしい世界なのだが、ここでずっと生きたいかと問われると何か違う。
上司を殴ったり、現実が辛かったり、真面目すぎる自分の性格を呪い、高校時代を懐かしんでいたのは事実だ。
しかし、私は過去へ逃げ込みたかった訳ではない。前進するパワーを楽しかったあの頃の思い出から貰いたかったのだ。
「すまない。僕には無理だよ」
「どうして?もっともっと色んな事しようよ」
そう言って、涌井さんは私の手を自分の胸の膨らみへ押し当てた。
「え?!いや、あ、あの……!」
「ほら、触っていいのよ。合宿所で一緒に寝た時に触ろうとしていたでしょ?知っているんだからね」
柔らかい。
さすが女子高生。
うう……イカン。飲まれてはイカン。
いくら夢の中とはいえ、ハメを外すのは社会人として如何なものか。
「夢の住人にはなれないよ。僕の住む場所は現実世界なんだ。あちらの人生を捨ててまで、この世界で過ごす事は出来ないよ」
私の言葉に、涌井さんは俯いた。
「君にだって、現実世界での日常が待っているんだろう?ずっと眠って夢を見ている訳にはいかないはずだ」
「……」
「さあ、夢を終わらせよう。一緒に帰ろう」
「……帰らない」
「え?」
「帰らない!帰さない!私には、ここが現実世界なの。ここが日常なの!」
浜辺の風景が細かい板状になってバラバラと吹き飛び、高校の教室へと変化した。
「ほら、懐かしいでしょう?楽しい思い出がたくさん詰まっている場所よ。高校を卒業して大人になった途端に、見たくないもの聞きたくないものばかりが待っていたじゃない?そんなものここには存在しないわ」
地団駄を踏み、頭を振りながら叫ぶ姿はまるで駄々っ子だ。
「言うことを聞かないと、またこれをぶつけるわよ」
涌井さんが再び右手を上げる。すると、あの光球が掌からポッカリと浮かび上がった。
「どう?今度は手加減しないわ。言うことを聞いた方が身のためよ」
その言葉を聞いて、瞬間的にカッと頭に血が昇った私は、彼女の横っ面にビンタを入れて怒鳴った。
「いい加減にしなさい!恐怖で人を思い通りにさせようなんて、愚か者のすることだ!」
叩かれた衝撃で背後へ一歩二歩とよろけた涌井さんは、両手で左の頬を覆うように押さえた。そして目を見開き、私の顔を凝視する。
彼女の瞳に涙が溢れ始め、顔をクシャクシャにして泣き出した。
「だって……だって……寂しかったし、つまんなかったし……」
そして、子供のようにしゃくりあげながら本格的に号泣し始めた。




