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35 愛欲への誘い

 その時、生真面目な倫理観という天使が心の中に現れ、私にNoを突き出してきた。

『涌井さんの夢Pに乗せられてはダメだ。今の君は外見こそ高校生だが、中身は大人。この一瞬の性欲で道を踏み外すな。ミッキーは前途有望な10代の少女。さあ、この子の肩から手を離し、ひとまず落ち着け』


 次に、煩悩という悪魔が誘惑の甘い言葉を囁き始めた。

『まてまて、彼女は拒否していない。つまりOKという意味だ。ミッキーの気持ちを真っ向から受け止めてやるのが、大人であるお前の役目だろう。優しく抱き寄せ押し倒せ。据え膳食わぬは何とやら、と言うではないか』

 私は彼女の肩を抱いて硬直したまま、頭の中で様々な思いをグルグルと巡らせていた。


 その時、ふと、何かノイズのようなものが聞こえた。

 この洞窟の奥の方からだ。

「あの、どうかされましたか?」

 トロンとした表情のままのミッキーが問いかけてくる。

「何か聞こえるんだ」

 音のする方には、蠱惑的な半円状の穴がぽっかりと開いていた。


 私たちは洞窟の奥、音が聞こえる方へ向かって歩いた。

 一直線に続く洞窟内部は、やはり仄かな照明が灯されているように薄明るい。そして奥へ行くほどにノイズは徐々に音量を上げていく。

「水の音……かしら?」

 ミッキーが私の腕にしがみついたまま不安げに呟いた。

 

 さらに進むと広い空間が出現した。

 そこは地底湖だった。水煙が薫る中、大小様々な岩が水面から顔を覗かせている。その間を青く澄んだ水が流れており、細く落ちる小さな滝もある。

 音の正体が判明し、私たちは安堵して顔を見合わせ微笑んだ。

 地底湖といっても水深は膝までしかなく、足を入れてみると水はほんのりと生温かった。

「すごい。これは温泉だ」

 水煙と思ったのは、湯気だった。

 

 ふと、前方を見ると誰かが湯を浴びている姿が目に入った。

 涌井さんだ。

 青い湖の中で裸の涌井さんが湯浴みをしてるのだ。

 私は息を飲んでそれを見つめた。

 何と妖艶な姿だろうか。まさか彼女のヌードが拝めるとは思ってもいなかった。

 長く細い手足、大人の女性と変わらない胸元と腰つき。透き通るような白い肌に水が滑り落ち、彼女の指が腰や太股を軽やかに、そして這うように蠢く。


 この怪しくも美しい淫靡な夢Pの正体が分かった。アイデアノートの最後に記した、インモラル・青春映画の設定だ。

 砂漠のオアシスの中で愛を育む若い男女。

 歳の差カップルの禁断の愛。

 リゾート地でファッショナブルに情事を楽しむハイソな夫婦。

 そんな外国映画の設定を真似して、高校生の私達はドキドキしながらいくつもアイデアを出し合った。

 

 ファンタジーやホラーの力でミッキーを追い出すことはできないと悟った涌井さんは、逆にロマンティックな雰囲気に引き摺り込んで、この世界の住人にしようと考えたのだ。

 体を張ったその根性と、そこまでして我らをこの世界へ留まらせたいという執念に、私は驚きを通り越して畏怖すら感じてしまった。

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