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34 彼女の唇

 白い砂浜に沿って歩くことにした。

 右手には海、左手には無数のヤシの木が生い茂っている。まさしく絵に描いたような正統派の南の島だ。

 波は穏やかで風は緩くさわやか。陽はほとんど落ちて天空には星が見えてきた。

 なぜか辺りがぼんやりと明るく見えるのは、映画的な照明演出なのかもしれない。

 涌井さんの姿はない。どこかに隠れて我々を見ているのか、それともこの先で待ち構えているのか。


「綺麗な風景ですね。それに南国の花の香りが漂ってきます」

 そう言った彼女が、鼻をツンと出して空中を嗅いだ。

「夕焼けが素敵……ほら、あそこに一番星がありますよ」

 暗くなり始めた空を指差し、子供のようにはしゃぐ。

 先ほどから彼女が私の体にピタリとくっついて歩くようになったのが気になる。まるでデートをしているカップルのようだ。


 ミッキーが無邪気に流木を乗り越えようとした時に、バランスを崩して私が抱き止める姿勢になった。私の胸と彼女の胸が密着し、お互いの顔が接近した。

 そのまま見つめ合う。

 すると、彼女が両手でピシャリと自分の頬を叩き、念仏のように早口でぶつぶつと呟いた。

「これは夢。これは夢P。涌井さんの作戦なの。この雰囲気に乗ってはダメ。しっかりするのよ」

「大丈夫かい?」

 尋ねると、ミッキーは引きつった笑顔でガッツポーズを見せた。

「も、もちろんです!さあ、涌井さんを探しましょう」

 そして再び私の横に並んで歩き始めた。


 しばらく進むと、我々の進む前方に屹立する崖が現れた。

 そこには洞窟があり、照明がないのにも関わらず入り口付近が仄かにライトアップされている。近くには渾々と湧き出る泉があり、周囲の木々にはトロピカルな果物が実っていた。

 まるで我々のために用意したかのようだ。

 すっかり陽が落ち、他に休むところも無いので、この穴へ入ることにした。


 洞窟内は広々としており周囲こそ岩肌でごつごつしているが、地面は砂で柔らかく、やはりボンヤリと明るかった。

「今夜はここで夜を明かそう」

「あの……本当にここで寝るんですか?」

 どういうことだろうと考えたが、すぐに気づいた。

「そうか。女の子と一緒はマズイよな。僕は外で寝るよ」

「そ、そうじゃなくて、なんか広いですし、ボンヤリと薄明るくて逆に不気味で……」

「ひょっとして怖い?」

 あれだけ激しい戦闘を行ったというのに暗所が怖いとは、と、そのギャップに思わず笑ってしまう。ミッキーは頬を膨らませて抗議した。

「もうっ!北村さんは、デリカシー無さ過ぎです」

 彼女の声が洞窟に反響し、驚いた数匹のコウモリがこちらに向かってバタバタと飛んできた。


「ひゃっ!」

 短く叫んだミッキーが私に抱きつく。

 羽音が次第に遠ざかっていったが、彼女は私から離れなかった。そして、ゆっくりと私を見上げる。

 薄暗い中に、ほんのりと赤らんだ顔が見える。目が潤んでおり、唇が妖しく光っていた。

 美しい。

 思わずその細く華奢な肩を引き寄せると、彼女はピクリと体を震わせた。

 南の島で半裸の2人。ロマンチックな光に包まれた砂浜と美しい星空。そして、ほのかに漂う甘美な香りの夢Pが、本能をやさしく撫で回す。男女をその気にさせるには十分すぎるロケーションだ。

「あ……あの、いけません。これは夢Pです。涌井さんの作戦です。ダメです」

 嫌がる言葉は口にするも、拒否する様子はみられない。いや、むしろ目を閉じて顎を突き出し、私に身体を預けているではないか。


 ミッキーの言う通り、これは涌井さんの放つ夢Pのせいだと分かっている。

 分かっているのだが、身体が言うことを聞かなかった。

 私は彼女の唇に吸い込まれそうになった。

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