27 クズ男を演じる
サメの着ぐるみ達がガラスドアに張り付いて、不気味な唸り声を上げる。
生徒会長の塩原が野球バットを振りかぶって、ガラス越しに奴らと睨み合っていたが、大きく一息をつくと自分へ言い聞かせるように呟いた。
「……大丈夫、強化ガラスよ」
そして、ぼんやりしている私に向かって怒鳴る。
「北村くん!勝手に外へ出てはダメだと言ったじゃない」
彼女の顔つきは今までのそれとは違っていた。キリリと結んだ唇と真剣な眼差し。所々破れたセーラー服と男勝りなポーズ。そこからは先ほどまでの弱々しい魔女という雰囲気は微塵も感じられなかった。
私もすぐに強制演劇の波に乗り、ヘラヘラとしたチャラい笑みを見せ、ダメ男を演じる事にした。
「るせぇな。ちょっとくらい良いじゃねえか」
その演技に即座に反応した塩原は私の襟を両手で掴み、グイと持ち上げた。
「なぜ校舎から出たの!?」
私はポケットに両手をつっこんで、ダメでクズな男を演じた。
「腹が減ったから、近所のコンビニに行こうと思ったんだよ」
「町にサメが溢れて1週間よ?コンビニが営業している訳がないでしょう?!」
「ポテチが食いたかったし、ジュースも飲みたかったんだよ。それにオレ、3日歌わないと死ぬ体質的な?だから、駅前のカラオケ店へ行きたかったんだ。で、彼女を誘ったのさ」
私は三木さんを指さした。
いい。
我ながら良いクズっぷりの演技だ。
状況を全く把握せず、危機感も無く、自分の欲望のことしか考えていないクズ男。こういう者がいるからこそ、主人公が引き立つのである。
「あなたの行動で、涌井さんがサメスーツを着せられて、変身してしまったのよ!」
塩原が玄関の外を指差す。歩き回っている多くの着ぐるみ達の中に、一体だけ制服のスカーフを背びれに巻いている者がいる。あれが涌井さんだったらしい。
いいぞ、いいぞ、と私は楽しんでいた。もっとクズになろうと更に最低な言葉を吐き続けた。
「俺は普通に出かけようとしていただけなのに、涌井が追いかけてきて連れ戻そうと騒ぎ立てるからサメが寄ってきたんだ。俺のせいじゃねえし」
「な、何ですって……!」
「それに涌井って、俺に命令ばっかりしやがるから嫌いだったんだよ。サメに食われて反省しろってぇの」
「このクズめ。いっぺん死んで来なさい!」
塩原がメチャクチャに私を殴った。
「もういい、やめなさい!」
校長ヒデが私達を引き剥がす。そして、真正面から私を見て言った。
「コンビニやカラオケに行きたいという気持ちは分かります。学校に籠城して1週間経つのですから。でも、あなたの勝手な行動が私達を危機に陥れるのです。そのことをしっかりと理解しなさい」
「へっ!校長だか何だか知らねえが、偉そうに説教するな。だったらこの状況をなんとかしろよ」
「あんたねぇ、自分が何を言っているのか分かっているの?!」
塩原が再び私の胸ぐらを掴む。
その時だった。
群れをなした着ぐるみシャーク達がガラス窓を叩き割り、雪崩れるように生徒玄関へ侵入し、我々を取り囲んで一斉に襲いかかってきた。
着ぐるみの口部分から顔だけ出した涌井さんが、両手を広げて立ち塞がる。
「さあ、ミッキー!おとなしく帰るか、このままサメになるか、どちらか選びなさい!」
「い、いやぁっ!」
その恐ろしい形相に驚き、悲鳴を上げた三木さん。彼女の身体から力が抜け、膝がガクンと折れた。
「クソが!おい、逃げるぞ!」
私は彼女の肩を抱いて無理やり立たせると、手を握り夢中で走った。
着ぐるみシャーク達が我々を追ってきたが、振り返らずに進んだ。
走って走って体育館入り口まで辿り着き、大きなドアを開けて中へ飛び込んだ。
だが、そこには体育館は無かった。
なぜか普通の教室だった。




