26 サメ映画
急に周囲の景色が変わり、場面は狩谷高校の生徒玄関へと移った。
いくつもの靴箱が整然と並んでいる中で、私と三木さんは抱き合ったまま呆然と立っていた。
宇宙船だったはずなのに、今度は真昼の学校だ。玄関の向こうには、青空の下に照らされた校庭と校門が見え、校庭の木で鳴く蝉の声が辺りに響いていた。
「大丈夫かい?」
三木さんへ尋ねると、半ベソをかきながら答えた。
「ネズミとヌルヌルは生理的にダメです……でも、涌井さんを説得するまで諦めません」
そんな彼女の姿を見て、なんだか申し訳ない気持ちになった。
私も震えている。
だが恐怖によるものではない。緊張と興奮による震えだ。涌井さんが言ったように、私は今の状況を楽しんでいる。ワクワクが止まらないのだ。
サムライマスターやSFの世界で電光剣を使って敵と闘うなんて、現実では絶対に不可能だが、ここではそれができる。未知の世界での冒険や戦闘アクションが可能なのだ。
突然、バタバタと足音が聞こえてきた。
「君達、何をしているんだ!?」
紺色スーツ姿のヒデと、セーラー服姿の塩原だった。廊下を走りながら、こちらへ向かって叫んでいる。
「早く扉を閉めて鍵をかけなさい!ヤツらが入ってくるぞ」
ヤツらって何だ?
意味が分からずボンヤリしていると、三木さんが私の袖を激しく引っ張った。
「見て下さい、あれ!」
玄関ドアの向こうを指さす。
校庭にサメの着ぐるみを着た生徒達がウロウロしている。彼らは私たちの姿を見ると、ゾンビのようにゆらゆらと近づいて来た。
一見すると、着ぐるみを身につけた者達がただ歩いているだけの光景だが、大きなサメの口から覗く顔は死人のようにゲッソリとやつれ、目の焦点が合っていない。
再び強制演劇力がやって来て、アクションホラーな雰囲気に包まれた。
「思い出したぞ。これは『着ぐるみシャーク』というサメ映画の設定だ」
「き、着ぐるみシャーク?」
三木さんが裏返った声で繰り返した。
「新開発された軍事用繊維素材を盗んだテロリストが、CIAからの追跡を逃れるために繊維をサメ型スーツに仕立てるんだ。だけど、その素材には大きな欠点があった」
「それは、どのような……?」
「着ると脱げなくなり、精神汚染される」
三木さんの眉がキュッと眉間に寄った。
「心がサメそのものになる。そして他人を襲って同じようなサメ型スーツを無理やり着せるんだ。つまり、地上を歩くサメが増えていく」
「どうしてそんな設定にしたんですか?!」
三木さんが抗議するように詰め寄る。私は頭を掻きながら詫びた。
「すまない。何しろ高校生が考えた事だから……」
改めてノートに書かれた設定を思い返した。
いつも通りに登校した学生達だが、街にサメの着ぐるみが溢れて学校へ籠城せざるを得なくなった。大半の生徒が食われる中、生き残った我々はサメとの死闘を繰り広げる。
ヒデは校長、塩原は生徒会長。私はチャラい陽キャの学生で、いつも楽することばかり考えているダメ男。
という設定だ。




