25 ネズミとヌルヌル
アイデアノートに書かれた内容では、生き残ったクルーはエイリアンと戦いながら脱出ポッドを目指す事になっている。
その設定通り、私は三木さんと共に宇宙船の内部を歩いた。
廊下は長く、全体的に白く無機的だ。しかも迷路のように入り組んでおり、自分達が何処を歩いているのか全く分からない。
歩き疲れた頃、ちょうど良いタイミングで脱出口へ辿り着いた。
脱出ポッドに乗り込もうとしたとき、三木さんが私の手を引いた。
「北村さんっ!何かがいます」
耳を澄ますと、確かにカサカサと何かが走り回る音が聞こえる。
「奴らめ、ついに来やがったな。俺たちを脱出させないつもりだ」
「まさか、エイリアンですか!?」
「ああ。ネズミに寄生したエイリアンだ」
私の言葉に、彼女は「ヒュッ」と息を飲むと目を見開いた。
「ちょっと待ってください。ネズミって……本当に?!」
私は電光剣を構えて、周囲を警戒した。
「集団で襲いかかってくるが、攻撃力は低いから大丈夫さ」
「ち、ちっとも大丈夫じゃないです!だって、ヌルヌルとネズミだなんて気持ち悪いものが2倍になっているじゃないですか!しかも集団で……」
真面目な委員長タイプの三木さんがオロオロしている。そのギャップが面白くて、つい吹き出してしまった。
「ひょっとしてネズミが苦手なのかい?」
「もうっ!笑わないでください」
頬を膨らませて抗議する三木さん。だが、不意にその目線が私の肩の向こうを捉えた。
振り返ると、廊下の先にたくさんの寄生ネズミ達がいた。目がギラギラと赤く輝き、歯を剥き出して威嚇している。
「ヒッ!」
三木さんが小さな悲鳴を上げる。
次の瞬間、ネズミ達がこちらへ向かって走り始め、一斉にジャンプした。
電光剣がWの模様の軌跡を描いて空を切り裂く。それと共に、数十匹の胴体が真っ二つになり、死骸が霧散した。
寄生ネズミは恐怖を感じることも休むこともなく攻撃してくる。私は布団たたきのように電光剣を振り回した。
やがて、廊下の奥から王様と魔女の2人が現れた。
「ヒデ、塩原、無事だった……か」
言いかけて止めた。
ボサボサ髪の隙間から睨むように見つめる彼らの目は、寄生ネズミと同じようにギラついており、顔は油に塗れたようにヌルヌルと濡れていたからだ。
2人は低い声でゾンビのように唸りながらこちらへ向かって来る。彼らもこの船乗組員で、エイリアンに寄生されてしまったのだ。
私と三木さんは彼らと距離を取りながら少しずつ後退した。
下手に攻撃すると、現実世界の彼らの体にダメージを負わせてしまう。
その体に無数のネズミ達が這い上がった。
やがて彼らの体は隙間なくネズミで覆い尽くされ、蠢く灰色の団子のようになってしまった。
そうそう、思い出した。
せっかくのSFホラーなので、人間の生理的嫌悪感を刺激する何らかの演出を入れようと皆で考え、このアイデアを出したのだ。
「高校生の考える事とはいえ、馬鹿馬鹿しいというか突拍子もないというか……」
私は昔を懐かしみながらネズミ団子の2人を眺めていたが、隣では三木さんがブルブルと震えていた。
「いやーっ!気持ち悪いぃぃ!」
半狂乱になった彼女が私の腰にしがみついて来た。
「脱出ポッドへ行くぞ!急いで!」
彼女の手を取り走る。間一髪で脱出ポッドのハッチを閉めると、発射用の赤いボタンを叩くように押した。
轟音と共にジェットコースターのような強い遠心力を感じ、私と三木さんは抱き合いながらその衝撃に耐えた。
「どう?ミッキー。怖いでしょ。気持ち悪いでしょ。そろそろ帰る気になったかしら?」
どこからともなく涌井さんの声が聞こえた。コントロールパネルに組み込まれたモニター画面に、ヌルヌルに覆われた彼女の顔が写っている。
「でも北村君は楽しんでいるよね?たとえ未完のアイデアでも、私の手にかかればこんなにリアルになるのよ。この世界でずっと映画ごっこしようね」
赤い目を光らせた涌井さんが不気味に微笑んだ。




