19 三木さんの正体
保健室のドアを開けると、室内の白さと消毒薬の香りが目と鼻を刺激した。
懐かしい。
剣道部の練習でケガすることも多かったから、ここにはよく通っていた。
「なんてすごい再現率……」
三木さんが私の背中越しから中を覗き込みんだ。
「再現率?」
「い、いいえ。何でもありません。さあ、こちらへ来てください」
彼女は白い薬棚を開けて消毒薬とガーゼを取り出し、私を診察ベッドに座らせると、慣れた手付きで治療を始めた。
「実は2人きりで話がしたかったのです」
私の肩の傷を消毒しながら、三木さんが静かに言う。
「単刀直入に聞きます。北村さん。あなたは調査員ですね?」
あまりに奇妙な事を問われたので、彼女の顔を見つめたまま惚けてしまった。
「当初はこの夢世界を作り上げた人物かと思いましたが、あなたは夢Pにノリながらも、その内容を冷静に分析しているでしょう?明らかに調査員の特徴です」
「ええと、あの……」
何と返事をして良いのか、と迷った。
「この世界に紛れ込んできた一般人なら、夢Pの中で冷静さを保つ余裕などありません。それに、あの想像兵器———あんな強力な電光剣など見たことありません」
「夢Pって、さっきも言っていたよね。それはどういう意味……」
私の言葉を皆まで聞かず、鋭い視線で睨みながら更に語った。
「夢世界での物語をプロデュースする=夢Pです!知っているくせに、とぼけないでください。一体どちらの組織ですか。某国ですか?それとも某社の社員ですか?」
「組織って、会社の事?だとしたら僕は株式会社犬丸商事の社員で……」
「即刻ここから退散してください。この事案は我々が解決します」
話がかみ合わない。そもそも彼女が何を言っているのか分からない。
「もし、この交渉を拒否するならば、あなたと戦う事になります」
彼女は右手にハサミを握っており、こちらへ向けた。
状況がよく掴めない。これは先ほどのバトルの続きなのだろうか、彼女もゴブリンの一味なのかと、私は混乱した。
ハサミが目の前へ近づき、思わずその手首を掴んだ。
彼女は抵抗して身をよじり、バランスを崩して2人ともベッドへ倒れこんだ。
三木さんが上、私が下。彼女の顔が至近距離にある。
艶やかなボブヘアー、切れ長の美しい目と整った眉、唇はまるで花の様な薄桃色だ。涌井さんも驚くほどの美女だが、三木さんも日本人形のような凜とした雰囲気を持つ美少女である。
「イ、イヤッ」
顔を真っ赤にした彼女がパッと離れ、ベッドの端に座ると恥ずかしそうに背を向けた。
私は慌てて謝罪した。
「すまない。わざとじゃないんだ」
「わ、わかっています。ちょっと驚いただけです」
三木さんが両手で自分の肩を抱き、私を横目で見た。
「その妙に落ち着いた態度。そして、この非日常的な空間に馴染めるメンタリティ……あなたはただの調査員ではありませんね?何者ですか?」
「僕の名前は北村豊。車の事故に遭って、気がついたら学校にいたんだ」
私は自分について語った。
気が付いたらこの世界にいた事。
35歳の自分が高校生の身体に戻り、母校であるこの狩谷高校にいた事。
手から電光剣が出現し、モンスター達と戦えるようになった事。
彼女は眉間にしわを寄せ、半信半疑という眼差しで私の話を聞いていたが、途中から表情が緩み、頷きながら真剣に耳を傾けていた。
「事情は分かりました。どうやらあなたのことを誤解していたようです」
ベッドから立ち上がった彼女はフウと一息つくと、顔をまっすぐに私へ向けた。
「よく聞いてください。ここは夢の中です。あなたは誰かの夢の中へ偶然のタイミングで紛れ込んでしまったんです」
更に姿勢を正し、敬礼をする。
「改めて自己紹介をします。私は国家機関のダイバー兼調査員の三木知世です。この事案の調査及び解決の為に派遣されました」




