合理
丈太郎は朝食に食べたバナナの皮を投げ捨てると、ゆっくりと歩き出した。
足取りが重い。漠然とした倦怠感が、筋肉の奥深くで沈殿していた。いつの何が作用してこの疲労をもたらしているのかは分からないが、自分が疲れているということだけはハッキリと解っていた。
周りを見てみても、皆同じように疲れているようだった。
その場に座り込んで動かないものもいれば、壁にもたれ虚空を睨むもの、一向に目を覚まさないもの、これと言った理由もなくただ殴り合うものなど、心も体もすり減っているのは一目瞭然だった。
後ろ姿に白髪が目立つようになってきた丈太郎だが、それはただの老化現象ではなく、彼が誰よりも頑張ってきた証であった。実際、彼はこの場ではリーダー的な立場にあるのだ。
ゆえに責任も、責任感もある。自分が疲れているからといって、仲間を労れない言い訳にはならない。そう思った丈太郎は彼らを元気づけるため、順番に回ることにした。
気力を振り絞り、励まし、手を伸ばした。しかし、誰の耳にも届かなかった。だらしなく開いた口に焦点の合わない乾いた目。彼のかけた言葉はすべて水の上を滑る風のように消えていった。
心が折れてしまった丈太郎は岩場に腰を下ろし、考えた。
(おれっていったい、なんなんだろう)
ぼーっと池を見つめてみる。
黒々とした水面がわずかに揺れながら、丈太郎の顔を映し出す。
その瞬間、彼の思考が停止した。
目を見開いたまましばらく硬直し、やがてゆっくりと、ひとり、またひとりと客を見やりながら首を回らすと、再び池に目を戻した。
(そうだったのか)
何かに納得した様子の丈太郎は立ち上がると自慢の腕力で木に登り、そして、両手で自らの胸を叩いた。
咆哮。
空を圧すような雄叫びをひとつ上げると、丈太郎は地面へと飛び込んだ。
岩に叩きつけられた頭部から血がドクドクと流れ出す。
やがて他のゴリラたちが集まり、零れ落ちた脳を貪りはじめた。
檻の外では人間たちが悲鳴を上げていた。