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ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~  作者: 参谷しのぶ
第5章 公爵令息ランダルの計画と、たったひとつの願い
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 騎士寮での出来事から三日後、俺は矯正施設の一室に横たわって、天井を見上げていた。


『やいランダル! 王女様のデビュタントが終わったらアイシアと向き合うつもりだった、なんて戯言は、間違っても抜かすなよおおおっ!』


 あの日のシルチェスター君の言葉を思い出し、いまさらながら胸がいっぱいになる。

 バルコニーの鉄柵にへばりついて叫んだ彼は、純粋で真っすぐで強烈に眩しかった。太陽のごとく照りつけてくる『正論』の力に、俺はしおれて枯れてしまいそうだった。


(アイシア嬢の、癒されることのなかった心の傷。誠実ではない男に真心を捧げるのがどんな気持ちか。婚約者をまったく信用できないのがどれほど苦しいか……シルチェスター君が一気に解き放ってくれたな。あの小さなヒーローこそ、俺がポンコツだと証明してくれる血と肉を備えた証拠だ)


 そしてもうひとり、ミニ悪役令嬢──筆頭公爵マッキンタイア家の娘で、他国の王位継承権まで持っている最強令嬢のジノービア嬢──が声を上げてくれたおかげで、俺とエイドリアナの評判は落ちるところまで落ちた。

 さらに『ひとりぼっちのデビュタント』への覚悟を述べたアイシア嬢が、頭を打って脳震盪を起こした。

 ここまでくるとさすがに隠しようがなく、下手な隠蔽工作をすれば却って墓穴を掘ることになりかねない。いまごろ父は、キャントレ侯爵とマッキンタイア前公爵の不信感がいかに根強いかを思い知っているだろう。


(アイシア嬢……あなたが騎士団寮に来てくれて、俺は祝福を受けたような気分でした)


 アイシア嬢が倒れたとき、すぐにバルコニーをよじ登った俺はクロードに担架の手配を頼み、適切な救護措置を取った。

 それから先はいろいろなことが目まぐるしく次から次へと起こった。

 騎士団幹部による当該騎士本人(つまり俺)、同僚、役職者に対する事情聴取。

 非常に気分を害した父による尋問。長々とした説教。

 当該騎士(俺)の懲戒処分の決定と、懲戒通知書の貼り出し。

 そして囚われの身となった俺の、矯正施設への移送。

 騎士団の連中に現場を見つけられたからには、他にどうしようもなかったという言い訳ができるから、俺はそれを最大限に利用して思いっきりポンコツ男を演じた。人前だろうがおかまいなしにびくびく、おどおどできるチャンスを活用しない手はない。騎士団の連中は、誰もが頭のおかしな人間を見るような目で俺を見ていた。

 ちなみにエイドリアナは呆然自失状態で、クロードが呼んだ俺の部下(寮外の平民騎士)に付き添われて早々に離宮に戻っていた。


(俺とアイシア嬢の婚約は、いま非常に重要な瀬戸際に立たされている。当たり前だ。すべてを台無しにしかねない大失敗をやらかしたという点では、父も同罪なのだから)


 アイシア嬢の誕生日を書き間違えるという、とんでもないミスをしてしまったことを悟った父が、場を取り繕うために何を言うかは大体想像できる。


(だが、父が応接室での時間を無事に生き延びられたとしても……両家の婚約がコントロールを失ってぐらつき始めたことはたしかだ。俺は目標達成まであと一歩というところまで迫っている)


 アイシア嬢と婚約してから三年、エイドリアナを怒鳴りつけてから二年と少し──俺はひそかに復讐を続けていた。そう、毎日が復讐だったのだ。


(俺もさらなる行動を起こすつもりだったが、アイシア嬢が革命ののろしを上げてくれた。俺が自ら始動させるのではなく間接的なやり方になったことが、上等な目くらましになる。何というか……大きな力に守られているような感じがするな)


 俺がふうっと息を吐いた次の瞬間、急に扉が開いて食事の盆を手にした見張りが入ってきた。

 中肉中背の見るからに冴えない中年男だが、動きが妙にきびきびとしている。


「ランダルさん、お食事お持ちしました」

「ずいぶん豪勢だな。ありがとう、面倒をかける」

「いいんですよ、あなたには借りがどっさりありますから。ここにいる連中は皆そうです」


 見張り(ジョーという名の平民)が俺の仲間だとは、もとより父が知る由もない。

 矯正施設ことウィテッカー拘置所は騎士団の下部組織だ。ここに収容される騎士は、身分が上になるほど『普通の悪人』ではなくなる。

 部下の尻を叩いて馬車馬並みに働かせるパワハラ貴族騎士や、飲む、打つ、買うで金銭問題や女性問題を抱える貴族騎士は、ごますりやおべっか、実家の権力や財力や人脈を使って、受けるべき懲罰から上手に逃げている。

 上司の寵愛を得たいとあの手この手でご機嫌を『取らなかった』清廉の士、もしくは『取れなかった』貧乏または没落した貴族騎士が、命令に従わなかったと罰せられたり、職務怠慢や任務未完了の罪(大体は濡れ衣)で矯正施設行きになるのだ。

 看守も全員騎士だが、騎士団で出世コースを外れた連中をまとめて捨てる廃棄物処分場と言われているくらいだから、基本的にやる気がない。


「ランダルさんを初めて見たときは、びっくり仰天しましたよ。公爵令息なんて、上流階級の中でもトップクラスの人間ですから」

「まあ、俺みたいな貴族騎士は他にいないよな。何しろ俺の処罰に関して裁定を下す父が『えこひいきをしない人』なものだから、ここ一年だけでも三回目だ」

「アクアノート公爵が領地に戻るときには、大体収容されてましたもんね」


 ジョーは粗末なテーブルに、粗末な木の盆を置いた。白いパンに魚料理、野菜たっぷりのスープと、境遇に比べて内容が充実している。


『婚約して三年、手紙を書いてもお返事はこなかったし、使用人に伝言をもたせて使いに出しても取り次いでもらえず……』


 俺の脳裏にアイシア嬢の言葉が浮かんだ。

 宰相位にある父は多忙だが、それでも仕事を調整し、領地で弟のレイフと過ごす時間を可能な限りとっている。アイシア嬢が手紙や伝言をくれたのは、父が安心して領地に戻るために、矯正という名目で俺を閉じ込めていたときだ。


(タイミングが悪かったというのは、俺に都合のいい言い訳だ。許してくれとは言えない)


 俺はパンをちぎって口に運んだ。


「公爵は極悪人です。あそこまでの奴は滅多にいない」


 ジョーが怒ったように鼻を鳴らした。

 彼はついていない男で、いつも損ばかりしている。そして、不幸の原因となった俺の父を恨んでいる。

 宰相などという地位にいると、王宮内部はもちろん、外部にも敵が大勢できる。

 父は現国王の意のままならない者たち(すなわち前国王派)を次々と追い出して宰相になった。他人に犠牲を強いて出世したわけで、逆恨みされて当然だ。

 前国王派だったために没落した貴族は少なくない。領地没収の憂き目にあったり、転封処分となったり。困窮した貴族は、使用人を片っ端から解雇した。

 ジョーの両親は、そんな没落貴族に仕えていた。失業は避けられず、両親はいがみ合い、ジョー自身もやさぐれて騎士団のはみ出し者になってしまった。そして、ここウィテッカー拘置所の看守になったのだ。

 ジョーは最初、遺恨を晴らす狙いから俺に近づいた(彼がむこうみずで衝動的で無鉄砲だったのは、平民でなおかつやさぐれていたからだろう)。

 俺はそれを逆手にとってジョーの信頼を勝ち取り、友人となり、説得し、仲間になることに同意させた。


(二年前になるか。ジョーの思い込みを外すために、俺と父の会話を立ち聞きさせたんだよな)


 父は俺がやってもいないことをやっているように見せかけ、捏造に気づかれないよう細心の注意を払っていた。しかし上流階級の人間がやりがちな過ちを犯した。ジョーら平民騎士を軽く見たのだ。

 平民騎士だって、監視・回避・偵察の訓練は積んでいる。父の部下はみな平民を甘く見るから、さらにやりやすくなる。

 いったん開いた真実の扉を閉じるのは難しい。息子への思いやりが深い父親の顔が見せかけだったことを知ったジョーは、俺の本当の姿を理解した。

 父を恨んでいる平民は山ほどいる。ジョーはそんな人間をたくさん知っていた。

 そして大変ありがたいことに、俺には人を見る目があった。願ったり叶ったりな人材(平民)をスカウトし、俺の計画の熱心な協力者になってもらった。俺が身動きできないときでも、彼らは自由に王都を飛び回っていた。

 とはいえ俺たちはひっそりこっそり、あくまで水面下で活動していた。誰にも見えない深い湖の底で動いていたのだ。

 それが三日前、小さなうねりとなって水面に届いた。騎士寮での一件を好機と見て、計画を始動させたのだ。


「そろそろ、父に緊急の呼び出しがかかる頃かな」


 じっとしていられずに、俺は立ち上がると鉄格子のはまった窓へ向かった。

 父はこの三日トラブル続きだ。すべてのトラブルを画策したのが俺だと知ったら、父は果たしてどんな顔をするだろう。

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― 新着の感想 ―
遅ればせながら読ませていただきました! 王女にご執心な騎士か主人公大変だなー……と思いながら読んでたんですが、途中から一転、復讐劇として楽しく読み進めました! ランダル心折れてなくてかっこ良いですね。…
お正月挟んだので難しいかもですが、ヘイト回収までは更新速めの方が良いかもしれませんね(*´・ω・) 読者のイライラが雪だるま式に…
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