7話 サバイバル肥満
散々キレ散らかして大声を出したので小腹が空いてきた。そういえば1回死を挟んだから時間の経過が曖昧だが前に腹に何か入れてから結構な時間経った気がする。
右も左も分からない異世界の草原で燈生は絶賛遭難中である事実にだんだん気づき始めると一先ず飲水を探そうと行動を開始した。
「街道なんてあれば良いんだが…」
辺りを見渡しても第一村人どころか人間の生活圏である痕跡すら無い。
というか、もし村や街があっても日本語が通じるとも持っている金が使えるとも思えない。
文化レベルが違う以上同じレベルのモラルを期待するのも無駄だと考えられる。
最悪の場合、邪教徒だなんだのと言いがかりを付けられて処刑されるかもしれないし、奴隷にされて一生力仕事なんかをやらされる可能性も否定出来ない。
せっかくの異世界、せっかくの2度目の人生だというのにそんなのはまっぴらである。
そこで燈生は1つの決断をした。
「うーん……気は進まねえけど、この世界の事がある程度分かるまでの暫くの間、野宿するかぁ」
裸一貫、漢のサバイバル生活の決定である。
昔、趣味の一環としてキャンプを嗜んでみようと思い立ち、何故か軍隊式サバイバル術だのなんだのという本格的なタイトルの本で知識を付けた所まで良かったが、結局行くのが面倒くさくて止めてしまった経験が今になって活きる時が来た。
そんな都合の良い時が来るのを待っていたとも言える。
今の時刻を確認しようとスマホを見るが衛生時計を採用しているのか全くアテにならない。
太陽の位置的に昼過ぎぐらいだとは思うが暗くなる前には川を探して飲水を確保しておきたかった。
とりあえず近場の森へと足を進め、川を探した。素人ながらに一丁前に耳をすませて水が流れる音を探知しようとしたりしながら、3時間は歩いた。
「あっぢぃ〜なクソ…」
前の世界では季節は冬でコートを着込んでいたのに鬱蒼とした木々の間から差し込んでくる木漏れ日は空気の温度を初夏ほどまでに引き上げていた。
とっくの昔に上着を全て脱ぎ小脇に抱えた燈生の額からは滝のような汗が垂れ、サバイバル生活を決めた数時間の自分を恨み始めていた。
どれだけ探しても川は見つからず、足は棒。日は着々と傾き始め、おまけにそこら中から聞いた事もない動物の鳴き声が聞こえる。
ぶっちゃけ精神的に限界であった。
「膝痛ってえ……ん!?!?」
そんな時、まるで天から垂らされた蜘蛛の糸のような希望的な音を燈生の耳が捉え、慌てて音の聴こえた方へ走り出す。
「ハァハァ…あった…。やっと見つけたァ〜…!
安堵感で膝を付いた燈生の前にはお世辞にも清潔とは言えず、どちらかと言えば湧清水と形容した方が的確ではあるが、それでも確かに小さな川が涼しい空気を放ちながらまるで見つけられるのを待っていたかのように流れていた。
がっつくように顔を水中に突っ込んで水を飲み、呼吸が苦しくなって顔を上げるのを数回繰り返して満足いくまで喉を潤した。
それからいそいそと鞄からペットボトルを出し、満タンにした所でようやく落ち着いて近くにあった丁度いいサイズ感の岩に腰掛けると、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。
「フゥ〜…死ぬかと思った…。」
日が沈み橙色に染まりつつある空を見上げた燈生は、一先ず飲料水を確保し、第2の人生がRTAばりの早さで終わる事を回避した安心感からボソリと泣き言を漏らした。
「こんなんで今後大丈夫かよ俺ェ…先行きが不安すぎるだろクソッ…」
想定とはかけ離れた異世界生活。
食料、火の確保、今後の動向、まだまだ考えなければいけない事はある。
そんな辛口すぎる現実から目を逸らして、だが今だけは、今日を生き延びれた事実を噛み締めながら燈生は紫煙を燻らせ続けるのだった。