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1話 始まりの肥満

一際と冷える夜だった。


世間じゃ一般的にクリスマスと呼ばれ、男女が年の瀬に色恋の関係発展を賭けて勝負に出る日でもあるその日に、燈生は同じ非モテの同僚と共に忘年会を行っていた。


「何が大事なのは清潔感だよ!!どんだけ小綺麗にしたって結局は顔と年収が良い方に靡くんじゃねーーか!バカ!」


1次会で既にベロベロに酔っ払っていた同期の小島が身も蓋もない事を叫んでいた。

どうやら良い感じだと思っていた女の子が他の男と付き合いだしたらしい。


「1次会からトバしすぎだろ小島〜。」


「食一辺倒のお前にゃ俺の気持ちなんて分かんねーーー!!!ちょっと顔が良くてと身長と年収が俺より高いからってよォ!!!普通そっちに靡くかね!?!?」


「普通靡くだろ。どこで勝てんだお前。」


「まだ内面が残ってる!」


「なぁ小島、エスカルゴってあるだろ?アレ、初めて料理したら美味えってなった奴すげえ偉大だよな。」


「誰が外面エスカルゴじゃ!!!まずは第一印象は外見で決まるって話を意地悪いカーブでぶん投げてくんじゃねぇ!!」


酒で真っ赤になった顔を怒りで更に赤くしてトマトの様になった顔を突っ伏した小島は溢れ出す涙を止めれずにいるのだった。


「こいつこのままだと絶対一人じゃ帰れねーし、家近いから俺が送ってくわ」


夜もすっかり更け、2次会をやるんだかやらないんだか曖昧な空気になり始めた時に、もう1人の同期かつ唯一の所帯持ちである本間がそう切り出し、ダラダラと長引きそうな所をキチッと閉めた。


「悪いな本間、本当は独り身の俺が送ってやる方が良いんだろうけど、そいつと最寄り真反対なんだわ」


「良いってそんなの。気にすんなよ。その代わりコイツタクシーまで支えるの手伝ってくれよ」


いつの間に眠りこけていた小島を見て本間は呆れ気味にそう言うのだった。


タクシーを呼び、同僚2人を押し込んで見送った後、燈生も最寄り駅へと歩き出す。


「寒っ…」


吐き出した息がすっかり冷えきって雪までちらちらと降り出した夜の街の空気を白く染めた。


体重の3割が脂肪で構築されて、弱冠100キロを超えている燈生でも寒いもんは寒い。

むしろ脂肪は冷えるからその分デブは寒さに弱いなんて話も聞く。そんな取り留めもない事を考えつつ、ダラダラと歩く。


クリスマスの夜の街は沢山のドラマで満ちている。

死んだ目をしてケーキを店外で売っているバイト、泥酔して友達に介抱されながらドブにゲロをぶちまけている学生、何があったのか座り込んで泣いているOL、それはもう様々だ。


そのどれも当事者で無い燈生には知ったっこっちゃ無い事だがこうして歩いているとクリスマス当日に幸せじゃないのは自分だけではないというゴミみたいな安心感を得られた。


そんな中、スマホを見ると、


「やっちまったよオイ」


すっかり終電の時間が過ぎていた。


「歩くか…」


タクシーを使って帰る選択肢もあったが、最近受けた健康診断で医者に内臓脂肪の数値でまあまあ怒られたのを思い出し、若干痛む膝と疲れた身体に鞭打ち、3駅も離れたアパートへ歩く決心をした。


淡々と歩き、半刻もする頃には人の往来がすっかり減り、郊外の未だ畑や森などの緑が目立つ地域に入った。


「ん?」


遠くに聞こえる自動車が走る音とフゥフゥと荒く乱れた自分の呼吸の音しか聞こえないまま、ただひたすらに無心で歩いていた燈生は、ふと何かが声が聞こえた気がして顔を上げた。


住宅街から人と獣を住み分けるように隔絶するように広がる小さな山林。


そこへと繋がる細い山道の脇にふと寂れ、廃れた小さな鳥居のような物が見えた。


「何だあれ?あんなのここにあったか?」


働き始めて数年、何度も同じような経緯でここらを歩いている燈生は、だからこそ見慣れない少し異様な光景に目を惹かれた。


普段なら絶対に行かない。山歩きなんて、ましてや足場の悪い獣道なんて膝に悪すぎる。暗いし。


しかし、酒も入り気が大きくなっていた燈生の身体は、好奇心に抗うこと無く動いていた。


「ちょっと行ってみるか…」


舗装された道を離れ、その鳥居の見えた山道へ向かう。着いてみると見えた"ソレ"はやはりというか完全に異様だった。


先程まで聞こえていた遠方のエンジン音や住宅街から漏れ出す生活音が一切聞こえなくなり、鳥居の奥には下へ下へとどこか誘うように山肌にそった木製の階段が見える。


この時点でただの一般人の燈生が街灯も無い夜の山の中で視界が効いている事や鳥居がうっすらと光っている事など、自身や身の回りに起きている異常に対して、目の前の階段に釘付けの燈生には気づける筈もなかった。


ただこの時の燈生は思考が放棄されたかのように目の前の光景に釘付けで気がつけばその階段に足をかけていた。


吸い込まれるようにその思ったよりも短かった階段を下り切った燈生はまた声を聞いた。



━━……い。…此方へ来い。



やはり聞こえた。今度ははっきりと。

その男とも女とも判別のつかない中性的な声が脳に響いた事でこの時やっと燈生は目の前にポツンと築かれた小さな社に気がついた。


「うおっ…ボロッ!カビ臭っ!」


思った事が全部口から出た。


酒のせいか若干曖昧だった意識がはっきりし、目の前の非日常を脳がやっと認識し、処理を始める。


「何でこんな目立たないような所に…。」


かなり昔の建築様式で明らかに十数年は人の手が入っていないであろう様子であるにも関わらず、まだ一目でギリギリ社だと分かる小綺麗さと、だがしかし今にも倒壊しそうな危うさが両立しているその社は燈生がここに来た直後と変わらず何かを訴えかけるようにそこにひっそりと建っていた。


よく見ると、外壁や柱にはかなり凝った装飾がされており、昔はかなりの信仰があった神社だったのだと推測出来た。


「まあ…折角来たんだし手でも合わせていくか…」


何が祀られてどんな神が信仰されていたのかもさっぱり分からないその社に対し、燈生は何故か何もせず帰る等という選択肢を選ぶ気にはなれなかった。


まあその理由の8割は時間と労力を掛け掛け来たのに見返りも何も無しじゃ気が済まないというただの勿体ない精神が働いただけなのだが。


ポケットに入っていた小銭と温まる為に購入したがすっかり冷たくなった缶コーヒーを社の前に起き、手を合わせた。


「一生食うに困りませんように…と」


祈るだけ祈っとけ精神で願いを言った燈生はすっかりかじかんだ両手をポケットに入れ、来た道を引き返そうと振り返った瞬間、凍りついた。


ガサガサと枯葉や小石を踏み砕き、バキバキと小枝をへし折る破壊的な足跡を奏でながら、林から巨大なイノシシが姿を現していた。


「一生を終わらせに来るの早くない?」


誤字脱字や読みづらい表現など修正箇所があればドンドン教えて頂けると幸いです。

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