任務四日目 憑依術
エルドは人里離れた山中を進みながら周辺を探索し、材料に使えそうな有機物を集める事から始めた。
第三部隊が討伐回収の任務に選出される最たる理由に、憑依術がある。これはエルドが”稀代の魔導師”と呼ばれる所以の一つで、エルドの完全なるオリジナル術式である。転移できるのはクロスだけ、しかしどうしても人出が要る、それならば部下をこちらに呼び寄せるしかあるまい。こうして時空に歪みや影響が出ない方法としてエルドによって生み出されたのが憑依術式だ。現在この術を複数同時に確実に行使できるのはクロスの中ではエルドだけだ。
憑依術は異世界の媒体となるものに、元の世界にいる人の精神体を召喚する変則的な召喚術式の一種だ。召喚される側にも術との相性や適性があり、その適性を持つものは憑依魔導師と呼ばれている。第三部隊の補佐官ジョセス、マティアス、レオルドの三名は、憑依魔導師としての最適性があった為、エルド自らスカウトし共に憑依術の研鑽を重ねてきた。
憑依術を使うための媒体は何でもいいわけではなく、憑依魔導師との相性もあるので何かと準備が必要だ。こちらの人に憑依させることも可能だが、反発が大きく憑依側の疲弊が激しいため短時間しか保たない事と、現地民の場合、周りへの影響や記憶などの後始末が大変な事になるので、いつもは長時間憑依しやすく面倒がない獣を媒体にする事にしている。
まずは召喚術式を埋め込んだ魔導具の首輪を作る。集めてきた木の枝や土、石などを、生成の陣の術式を展開して次々と投げ込む。暫くすると生成の陣は消え、そこには三つの色違いの首輪が残される。出来た首輪に魔力で憑依魔導師の真名を刻み込む。
使役に向いていそうな獣を三体捕らえることにも成功し、三体の獣の首に先ほど作った首輪をつけ、憑依術式の為の媒体準備は終了した。
(さて、いい加減、彼奴らを呼ばないと痺れをきらしているだろう)
『リン、エルだ。皆を呼んでくれるか?』
『了解』
既に近くに居たようで、然程待つことなく三人は揃ったようだ。
『待たせたな、準備はいいか?』
『レオです。こちらも準備完了です。いつでもどうぞ』
『待ってました~!! 隊長~早く~』
『セス、落ち着け。隊長、カッコイイやつで頼んますよ、この間みたいに不恰好なのは嫌ですよ』
『リン、繋いでくれ』
『了解』
リンの追跡魔術に乗せてあちらとこちらに魔術の通り道を作る。憑依魔導の術式を詠唱すると、紡がれた言葉は光の粒となり空中で集約する。複雑な術式が組み込まれた三つの魔方陣が三体の獣の頭上にそれぞれ現れ、獣の体に降り注ぐように螺旋を描いてゆっくりと降りていく。魔方陣が地面に到達し、光がはじけると同時に、憑依は完了した。
「待たせたな。首輪に声の術式を組み込んである。不具合がないか確かめてくれ」
「隊長~奴らは何処です? 早く行きましょう~!」
待ちきれないとばかりにエルドの問いにいち早く声を上げたのは、尻尾をブンブン振りながら期待に満ちた茶色い瞳に、今にも駆け出しそうな白いワンコ……エルドは中身がセスとは分かっていても、その愛くるしいモフモフに思わず笑みがこぼれる。身体強化による直接攻撃を得意とするジョセスは大きな白い”イヌ”に憑依している。
「落ち着け、セスは問題無いようだな。マットどうだ?」
「完璧っす。このメタリカルな翼! 見て下さいよ~カッケー!」
エルドにはその感覚はイマイチよくわからなかったが、羽を広げたり、首を捻って全身を確認しているマットが、この派手な色味の鳥類をかなり気に入ったらしいことは理解した。遠隔攻撃と防御の陣を得意とするマティアスは翼の美しい”キジ”に憑依している。
「レオは大丈夫か?」
「あーあー。問題ありません、隊長」
レオは魔導具の首輪に手を当てながら、発声に問題が無い事が分かると、体内に魔力を巡らせ、魔術がちゃんと使えるか確認している。探索を使った状況把握と、復元治癒が得意なレオルドは小型の”サル”に憑依した。
「それでは目的地に向けて出動!」
「「「了解」」」