任務三日目 出立
術が解けたのは夕方頃、まずいと思った時にはすでに遅く、大人に戻ると同時に赤子の衣装は無残に弾けた。そこには、むつきが臀部に食い込むほぼ裸のエルドの姿があった。”母”が悲鳴をあげながらも、指の隙間からじっくりとエルドのたくましい体を見ていたのは……気のせいであって欲しい。悲鳴を聞いて駆けつけた”父”は慌てて自分の服を持ってきてエルドに着せた。
(……長かった。まさか、退化の術式解除に三日も時間がかかるとは)
エルドの脳裏には三日間の義父母とのあれやこれやが走馬灯のように駆け巡った。エルドは遠い目になりながら、次の任務までにこの失敗と経験を元により安全で強度の高い術式を組み直そうと改めて心に誓う。
夜になり、大人の体に戻ったエルドは老父婦を前に旅立たねばならぬことを告げた。
「御父君様、御母君様。……と言う理由で、私は行かねばならぬのです」
「まさか、本当に巷で噂の凶悪な鬼が棲み着いたと言われているあの島へかい?」
「はい、それが私がここに遣わされた使命なのです。お二方には大変よくして頂きました。僅かばかりの時間ではありましたが大変お世話になりました」
エルドが深く感謝の意を伝えると、二人は感極まってウルウルと瞳を潤ませた。
「儂らの息子はなんと立派な若者へと成長したことだろう」
「えぇっ、ほんに。可愛らしい赤子がこんな凛々しくなって。小さかったのが昨日の事のよう……」
(実際夕刻までは赤子だったわけだが……)
すぐさま出立しようとしたエルドはどうしてもと二人に引きとめられ、その日の晩御飯は”息子の壮行会”として山の幸の詰まった心づくしの宴会に早変わりした。
翌朝、急いで縫ってくれたご婦人渾身の力作衣装を身にまとったエルドは、どこの子息かと見まごうような煌びやかな出で立ちになった。やたら凝った装飾を施そうとするご婦人を懸命に説得し、なんとか動きやすさを重視した服装に収まった。但し、二人から最後まで推された”日本一の桃太郎”の幟は戦いの邪魔になるのでと、エルドは丁寧にお断りさせていただいた。二人がようやく諦めてくれた時には心の中で喝采を上げた。
ご婦人はエルドの姿を満足そうに眺め、キラリと輝く涙をそっと袖で拭っている。気持ちを切り替えるように微笑むと、エルドに一抱えはある大きな包みを差し出した。
「桃太郎。これを、お前が好きだったきびだんごを作っておきましたよ。お腹が空いたら途中でお食べなさい」
「……御母君様、ありがたく、いただきます」
エルドはずしりと重いその量に笑顔を引きつらせながらも受け取った。一体こんなに大量にいつの間に作ったのか。その様子を温かく見守っていたご老人も錦の長い袋をエルドの前に差し出した。
「桃太郎よ、儂からはこれを」
「……御父君様、これは?」
縛られた紐を解くと、そこには美しい”刀”が入っていた。転移シールドをも真っ二つにした業物の包丁を作ったのもこのご老人で、名のある有名な刀鍛冶職人だったと知ったのは昨日のことだ。
エルドは鞘から刀を抜くとその刀身は玉虫色に怪しく光った。
「最近作ったものの中では会心の一振りじゃ、お前の役に立つじゃろう」
「とても美しい刀だ、ありがとうございます」
エルドは刀を鞘に戻すと腰に下げた。
「御父君様、御母君様。どうかお体に気をつけてご健勝であらせられますように」
エルドは老夫婦に見送られて、三日間過ごした二人の住まいを後にした。