任務二日目 交流
(……限界だ)
エルドは赤子としての扱いに苦渋の思いで耐えていた。できれば老夫婦には赤子と誤解させたまま、退化の術式解除とともに密かに脱出するのが一番良かったのだが……昨晩から続く、ご婦人の一点集中した好奇の眼差しや言動に精神をガシガシと削られている現状で、この状態を続けるのは耐え難かった。
「ご婦人……恥ずかしいので、あまり見ないで頂きたいのだが」
「たまげたっ! この子喋ったよ」
(しまったっっ)
「桃から生まれたお子じゃもの、さもありなん」
うっかり出てしまった言葉に焦るエルドをよそに、何のこともないとすんなり納得してしまうご老人の適応能力が高すぎて驚く。エルドとしては助かるのでそのまま誤解を解かずにその設定を利用させてもらうことにする。
「出来れば、何か衣類を着せていただきたく……」
「あぁ、うっかりしておった。いくら気候がいいからといって、裸ん坊では風邪をひいてしまうの。お前、この子に産着を縫っておやりよ」
「そうですね、前にあんたの肌着を縫った残りの布がまだあったはずですよ」
老夫婦は慌てて衣装箱のようなものから布地を取り出すと、エルドの体のサイズを確認する。布を裁ち、みるみる縫い上がっていく衣に、このご婦人は縫製職人なのであろうかと、見事な腕前に思わず目を見張った。
大至急縫った赤子の下着”むつき”を丁寧に巻きつけられ、ガウンのような前を交差させ、紐で結ぶタイプの衣服が着せられた。これで少しは成人男性としての尊厳が保たれる事にエルドは心から安堵した。
エルドはご老人に抱き上げられ、二人に案内されて家の中を見て回った。ご老人は包丁などの刃物を作る鍛冶職人をしているそうだ。細君と二人暮らしで、鍛冶作業の折には近くの村に住む弟子達がやってくるらしい。今は丁度一仕事終えた後で、弟子達は村に帰っているようだ。ご婦人はその裁縫技術が認められて、都の高貴な方に使える下女をしていたことがあるらしい。
仕事にかかりきりで、年を取ってから結ばれた二人には子供が無く、エルドを授かった事を本当に喜んでくれているのが分かった。二人からは”父” ”母”と呼ぶように懇願され、エルドはそのささやかな二人の願いを叶えてやった。
本来であればこんな風に原住民と交流を持つ事は避けるべき事柄で、記憶に残らないように隠密行動を取るのが基本だ。場合によっては記憶の改ざんや忘却の術をかけなくてはいけない案件になる。エルドは悩んだものの、二人の本当に嬉しそうな姿を目にして、老夫婦の”神様からの贈りもの”であるとの思い込みのままにしておく事にした。
(すっかり遅くなってしまったな)
夜もふけ”モモタロウ”を可愛がる二人がようやく就寝したのを見計らってエルドは念話を繋いだ。昨日一旦解散していた部下達に、現状の報告と指示を出す為だ。
『……というわけだ』
『いい話じゃないっすか~。俺、こういうの弱いんすよ』
『隊長、ちゃんと親孝行してあげてくださいよ!』
『セス、マット……お前ら何泣いてるんだ。隊長、術式解除は大丈夫そうですか?』
孤児院育ちのセスや、両親を若くして亡くしているマットは家族ネタに弱かった。感情的な二人を他所に呆れ気味のレオは通常営業だ。
『あぁ、中途半端に打ち切られた所為か退化の術式が自動解除出来なくなっている。本来ならば後数時間で解除するはずなんだが……まだ少々時間がかかりそうだ』
『そうですか、私もまさか転移シールドが破られるとは思いませんでした。総司令には?』
『任務が想定よりも長引く事を伝えてくれ。それと帰ったら、転移シールドの強化術式について話し合いたいので時間を取ってもらえるか聞いておいてくれ』
『了解』
念話を終えるとエルドは退化の術式解除をしながら、いかに転移シールドを強化するかを夜通し思案した。