任務一日目 特務第三部隊の愉快な仲間達
パシャンッ
扉を潜った球体は無事異世界転移に成功したようだ。術式に組み込まれた転移予定地の水場に着水し、転移シールドが水に浮かびユラユラ揺れている感覚が伝わって来る。
『こちら、エル。転移成功。目的地に向かう』
『了解。目的地までは現地時間で、約八時間です』
エルドはアイリーンの声が鮮明に聞こえた事に一安心する。異世界間の念話も問題なく展開しているようだ。隊の副官であるアイリーンの仕事は転移軌跡を追跡、隊員のタイムスケジュールの調整管理、念話通信の接続、枢の解錠と多岐に渡る。実際の現場に出る事はほぼ無いが、第三部隊になくてはならない隊の要と言えた。
『隊長、レオです。こちらの準備は完了しています』
『いつでも呼んでくださいね~。待ってま~す』
『こら、セス! 押すな。スミマセン隊長。道中お気をつけて』
『セス、お前~俺のデザート食っただろ!』
『マット、今、隊長と念話中!』
『えっ! やべっ。隊長、今の聞こえてました?』
部下達は今日も賑やかである。補佐官の三人は第三部隊長として配属が決まった時に、エルド自らスカウトしてきた人材だ。
レオルドは復元治癒師として優秀だったにもかかわらず、その融通の利かない性格から元上司に嫌われ、異世界修繕魔導部の片隅にある異世界収集品管理係という閑職についていた所をエルドに発掘された。マティアスは街の治安を守る警備隊の一員として働いていたが、時空の裂け目発生による建物崩壊事故があり、その時負った怪我が元で除隊することになった。特務部隊で現場に出動していたエルドに遠隔攻撃と防御の陣の正確さを買われて声をかけられた。ジョセスは孤児院出の悪童だったが、その魔力の多さから国が運営する魔導訓練校に特待生として入学、校風に馴染めずドロップアウトしていた所を、エルドに拾われた。三人は研鑽を重ね、今では特務部隊でも無くてはならない戦力となっている。
『目的地到着までに退化術式解除を行う。こちらの準備が整い次第”招集”をかける。それまで各自、待機』
『『『『了解』』』』
エルドの祖父にあたる”クロス”が開発した退化の術式。異世界に渡る抵抗をより少なくすることができないかとして編み出されたのは”頭脳や思念はそのままに、体のみを一時的に赤ん坊の姿まで小さくする”術。但しこの術、解除に数時間かかるのが難点で、まだまだ改善の余地がある術式だ。
(目的地に着くまでの数時間、改善点でも考えながら過ごすとするか……)
エルドは第三部隊の隊長として戦闘などの実務に多く携わっていることから肉体派と思われがちだが、その実、暇さえあれば魔導術式のことばかり考えている研究馬鹿だった。術式解除の為の時間は誰にも邪魔されることなく思考するのに最適な時間と言えた。
エルドはいつものように解除の術式を開始して、同時に遠隔視の術式を展開すると、閉じられた空間の壁に外の景色が映し出される。空は赤から紫のグラデーションに染まり、沈みゆく日の光は豊富な水量の川面をキラキラと照らしている。このまま夜陰に紛れて目的地の近くまで流れに乗って進む予定だ。
(いつもながらこちらの景色は美しいな)
エルドは特に日の沈むこの時間帯が一番好きだった。自国とは異なる自然の美しさに目を細め、異世界の景色にしばし目を和ませていると……川辺に人影を発見した。人影はこちらに気づくと、対岸から長い棒のようなものを伸ばしている。
(ん? 岸にどんどん引き寄せられてないか……まずい!)
『エルだ、不測の事態が起こった。現地民に発見され、拿捕されている。リン追跡できるか?』
『了解。追跡開始します』
『周辺状況のデータを頼む』
『隊長、レオです。川から外れた地点から北西におよそ五十メートルほど先、山中に民家らしき建物があります、感知範囲には今の所それだけです』
(住まいに持ち帰ろうとしているのか? いったい何の為に……)
『マットです。人の生体反応は二体のみですよ隊長』
『隊長~何やってるんすかぁ~。あっ! マットそれ俺の~』
『セス五月蝿い! お前はさっき食っただろ』
エルドの不測の事態に漂っていた緊張感がセスとマットのやり取りに一気に緩む。
(……あいつら、一体何をやってるんだ)