ドランク・リグレッドとその系譜
”異世界”……現在では誰もが知るその世界も、およそ百年前まではその存在はおとぎ話にすぎなかった。
魔導師学会でその学術論文が初めて発表された時、それまでの常識を覆す荒唐無稽な学説”異世界の存在”を信じる者はおらず、提言した魔導師は机上の空論だのお粗末な法螺話だのとヤジを飛ばされ、嘲笑の的となった。
その後、権威ある魔導師学界からつまはじきにされ”異端”とされた男は、それでも諦めず研究を続けた。誰もが彼の言葉を信じぬ中、たった一人その言葉を信じて彼の研究を引き継いだ男、それが件の魔導師の息子ドランク・リグレッドだった。
数年後ある意味有名な、かの魔導師の息子であるドランクが学会に登壇すると、場内はひそひそと苦笑まじりに囁く者や、からかい混じりの声援が投げかけられる。そんな会場内の雰囲気に怯むことなくドランクが発表したのは、父の提言した”異世界へ実際に往き来する方法”だ。
ドランクは騒つく会場にいくつかの証拠品を持ち込んでいた。異世界で採取されたという見たことの無い動植物や誰も見たことがないような異世界の品々、そして何よりも会場を驚かせたのは、彼が妻として連れ帰ったという……この世には存在しない黒髪、黒い瞳の女性だった。
それでも、フェイクだの詐欺だのと信じようとしない魔導師が大半で、信憑性が疑われた為、誰もが敬う最高峰の魔導師がそれらを全て鑑定した。固唾を飲んで成り行きを見守る魔導師達が聞かされた鑑定の結果は、この世のものでは無い”真の異世界産”であるという事実だ。
”異世界は確かに存在する”とドランクが高らかに宣言すると、しんと静まり返った会場内は誰からとも無く拍手が起こり、最後には割れんばかりの大喝采となった。それ以来、ドランク・リグレッドは”異世界”研究の第一人者としての権威を確立し、国からの莫大な研究資金を得る事となった。
その後研究が進むと、異世界に人を含め多くの物質を行き来させれば、それだけ歪みや時空の裂け目が生じる事が分かってきた。時空の裂け目が発生すると、裂け目に巻き込まれた人が意図せず異世界へと流されてしまう……そんな事故が度々起こった為、異世界に渡る為の魔導術式は国によって厳重に管理され、法規制が敷かれる事となっていく。
研究の結果、ドランク・リグレッドと異世界の女性ナツキ・クロスの黒髪と黒瞳を持つ子供達は、異世界に渡るのに反発が少なく、時空の裂け目も殆ど生じる事がなかった為、リグレッド家に生まれる異世界の色を宿した者のみが、代々研究調査のために異世界に渡る事を許された。
異世界転移に適正を持つリグレッド家の子孫のうち、”黒髪””黒い瞳”を持つ者は”クロス”の名を継ぐ習わしとなる。現在、異世界移転は”クロス”のみが許される技となった。”クロス”は偶発的に異世界に流された人を回収し、歪みや時空の裂け目を修繕する任務も担うことになっていく。時代ごとに賛同者も増え、規模も大きくなり組織化したものが、現在の異世界修繕魔導部”特務部隊”の始まりだ。