エピローグ
時は少し遡る。これはエルド達が別の事件で忙しくしていた頃。彼らがあずかり知らぬ所で起こっていたお話。
人々の囁き声や、時折聞こえる笑い声。まだ陽の高い時間帯にもかかわらず、少し薄暗く設定され心地よく整えられた室内では、いつものように身分を隠した高貴な人々が思い思いに飲食を楽しんでいる。ここは王都にある高級会員制倶楽部。会員は国の要人から有名芸術家、一流魔導師と各界のそうそうたる面々が名を連ねている。コネクションを作りたいものにとっては垂涎の場所だろう。しかし、会員として認められる為には厳しい審査が設定されており、その内容は招待された者だけが知ることができる秘密となっている。倶楽部の全容、会員数ともに明らかにされてはいない。
上質なインテリアで緩く区切られたフロアーに、程よく目隠しの役目を担った観葉植物。フロアーに集まる人々は、その場にどんな人物がいるのか、把握してはいないだろう。集う人々の口に登る話題は、新しく開発された魔導式の解釈、対抗派閥の弱みに繋がるような噂話、趣味の自慢話、夫の浮気相談……と多岐にわたる。そんなフロアーの再奥に設えられた一室は、会員の中でも特に選ばれたものしか入室を許可されていない特別室だ。
サロンの主催者でもある男は、集まった人々を見渡すと、落ち着いた声のトーンで挨拶をした。
「本日は多忙な中、お集まりいただきありがとうございます。定例会の前に、まずは異国より取り寄せた珠玉の逸品にておもてなしさせていただきます」
男が目で合図を送ると、部屋付きの給仕が洗練された所作で琥珀色の酒をグラスに注いで回る。配膳の給仕達は異国の珍味が上品に盛り付けられた皿を配り終えると、静かに退出する。男がグラスを掲げる。
「皆様のご健勝と我が国の発展を願って」
他のメンバーも同じように言葉を繰り返し、グラスを掲げコクリと飲む。
料理の紹介がなされた後は、食事を口にしながら、料理についてや、お互いの近況など軽いやり取りが交わされる。
「しかし、昨今の魔力不足には困ったものですな」
「魔石の採掘量が減っているとか」
「いくら目玉政策とはいえ、採掘場での労働改革、あの政策は如何ともしがたいですな」
「労働者の労働環境は改善されましたが、採掘量が減っているとなれば、失策と言わざるをえないでしょうな」
「新しい魔力源の確保はどうなっていますか?」
自身の立場や商売に関わる話に話題が移ると、お互いを探るようなものになってくる。男はカラトリーでグラスを2回鳴らし、衆目を集める。
「皆様の喉も潤ってきた頃合かと存じます。さて、先ほど、お話にも上がっておりましたが、先日お話させていただいた魔力源の確保についてです。それでは報告をお願いします」
「今回、回収する事が出来た新しい魔力源についてご報告いたします。こちらをご覧下さい」
研究者らしき眼鏡の男が立ち上がると、用意されていたスクリーンに映像が映し出される。そこには歪みで醜悪な姿の人が映っていた。実験施設と思われるその部屋で、数々の計器で計測されている異形の者を興味深そうに見つめる者、あまりの醜さに思わず顔を背ける者と反応は様々だ。
「異世界に流され歪んでしまった者は歪む前よりも何故か魔力が大幅に増える事が近年の研究で分かってきました。そこで、世の中に蔓延する有害なる”悪”を一層し、更にはその者達を国の為に有効に活用するという方法です」
スクリーンに魔力変化の対比表、年間にどれだけ魔力源を増やすことができるかの予想グラフが次々と表示される。驚くべき数字に会場からは感嘆の声が上がる。報告が終わると会場からは拍手が起こった。
数日後、国の代表者が集まる議会では『罪を犯した者が社会奉仕をする事でその罪を贖う”奉仕刑”』が満場一致で可決された。
その数ヶ月後、時空の裂け目の発生件数の急激な増加に頭を悩ませる、異世界修繕魔導部 総司令官アーロン・クロス・リグレッドの姿があった。
一連の不良品の移転魔導具流出事件は一旦解決したものの、昨今、国が抱えている魔力量不足の問題と”奉仕刑”を結びつけて考える者は少なからずいるようで、魔力不足解消の為に仕組まれた国の陰謀だと面白おかしく、煽り立てる文字が、ここのところ毎日の様に新聞の紙面を飾る。もちろんこの件について、国の上層部は完全否定している。
今日もまた、異世界修繕魔導部 総司令部では緊急の警報が鳴り響く。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
エルドのお話はこれにて完結です。そのうち別のクロスの話を投稿出来たらと思います(予定は未定)
”クロス”の名前の元になった異世界人と、ドランク・リグレッドのお話(恋愛もの)を投稿しています。
ご興味がある方は引き続きお読みいただければ幸いです。
『異世界の神となった天才魔導師は黒髪の乙女を娶る』https://ncode.syosetu.com/n1143hy/
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