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ある男の異世界転移

 男の今までの人生は冴えないものだった。地方のそこそこ大きな商家の三男として生まれ、魔導師の適性検査で合格した時は、地元で数十年ぶりの快挙とたたえられ、滅多に褒めることの無かった父に、自慢の息子と手放しで喜ばれた。それがある意味、男の人生の絶頂期と言える。


 高名な魔導師となって大活躍する自分の姿を想像し、無理を言って都にある国立魔導師学院に入学。エリート揃いの魔導師が集まるその場所で、男は所詮、井の中の蛙に過ぎなかったことを思い知る。同年代の学院生のなかでも、格段に魔力量が少ない事が分かってからは、男の自信は見る間に萎み、希望に膨らんでいた心は打ち砕かれていった。


 授業についていけなくなって早々に学院を辞めたものの、魔導師である自分はどうしても捨てられなかった。学院生が小遣い稼ぎにやるような”空になった魔石に魔力を込める”仕事で食いつなぎ、すっかりその日暮らし。思い切って故郷に帰ることもできずにいた頃、混み合う安い大衆酒場である商人と出会う。


「よぉ兄さん。同席いいかい? 席がいっぱいでさ」

「……どうぞ」

「ありがとよ、今日は混んでるな」


商人は向かいに座ると、店員にこの店で一番高い料理と酒を頼んだ。


「景気がいいな」

「おかげさまで。あっしは旅の商人をしていましてね、今日は懐があったかいんでさぁ」

「そうか」


商人は酒を運んできた給女にグラスをもう一つ頼み、気前よくチップを渡す。二つのグラスにたっぷりと酒を注いで片方を男の前に置く。


「これは?」

「大口の商談が決まった祝いだ、一人で祝うのも味気ねぇと思ってたところでさぁ。良かったら兄さんも一緒に祝ってくれよ」

「そういうことであれば、遠慮なく頂こう」


ありがたくグラスを手に取り、簡単な祝いの言葉をかける。そうこうしているうちに、ジュウジュウと美味しそうな音を響かせ、塊り肉が熱々の鉄板のまま運ばれて来た。


「お待ちどうさま、熱いから気をつけてね」

「おっ、来た来た!」

「……うまそうだな」


思わず口をついて出たセリフに、商人はにかりと破顔し、料理も遠慮せず食べるように勧めてくる。


 男は久々に味わううまい酒と食事に心が満たされていく。羽振りのいい商人は空いた男のグラスにタイミングよく美酒を満たすので、男はついつい杯を重ねてしまう。いい感じに酔いが回って、気がつけば自分の冴えない人生を愚痴交じりに商人に語っていた。


「魔導師なんざ、すごいじゃありませんか! そうだ、兄さん。知り合いに魔導師を雇いたいって人がいるんだ。兄さんさえよければ紹介しやしょうか?」


 後日、商人から教えられた場所に紹介状を持って半信半疑のまま向かう。そこにあったのは、小さいながらもしっかりとした店構えの商店。大通りからは離れているものの、繁華街も近く立地が良い。入口にいた店員に紹介状を渡すと、すぐに商会長の部屋に通される。


「魔導師の兄さん、よく来てくれた! 歓迎するぜ。うちは見ての通り魔導式が組み込まれた道具を商ってる。それで、ちょっとした術式の修正やら、魔力の補填やらで魔導師が活躍してるんだが、商いが大きくなってきて、今抱えてる魔導師の人数じゃ正直賄えなくなってきていてな。兄さんが来てくれて大助かりだ。なぁに、心配いらない。研修もあるし、兄さんならすぐに給料以上に稼げるよ」


 そこからはとんとん拍子に話が進んだ。商会長の言った通り、男の少ない魔力でも即戦力として活躍でき、休み返上で働いていた魔導師の同僚からも多いに感謝された。


 仕事にもなれてきた頃、商会長から声がかかった。


「今日は大切な取引があるんだ。兄さん、先方の前で魔導具の実演をしてもらいたいんだが。いいかい?」

「大丈夫だ。何の魔導具だ?」

「これだ。すまないが、いつものように頼むよ。この取引が決まれば、賞与出せると思うから、楽しみにしててくれ」


 商会長から手渡されたのは短距離転移の術式が組み込まれた使い捨ての魔導具。最近、商会から売り出されて人気の防犯グッズだ。不審者に襲われそうになった時に、魔力を込めればあらかじめ指定した場所に飛べるという優れものだ。


 取引先に着くと、男はいつものように実演をした。説明に合わせて魔導具を提示し、ちょっと魔力を込めるだけ。簡単な仕事だ。ただし、いつもと違ったのは転移した先が商会ではなく”異世界”だったこと。


 男は不運な事故に見舞われた事に呆然とした。が、あることに気づいて、体内の魔力を循環させてみた。


「……凄い魔力が、増えてる」


 男は自然と湧き上がって来る力に最初は訝しんだが、試しに今まで魔力の少なさから展開することが出来なかった高等魔術式を次々に唱えると、苦も無く現れる魔方陣の数々に、次第に笑いがこらえきれなくなった。


「ふっはははははっっ! 素晴らしい! これだけの力があれば、何だって出来るぞ!」


男は全知全能の神にでもなったかの様な万能感に酔いしれた。

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