ヴェネクトにて
夢を見た。
悲しい夢を見た。
使命に燃え、皆に先立たれた悲しい男の夢を見た。
殆どは覚えていないが最後は覚えている。
偉大な男達しか座れない玉座。
その男は座っていた。
顔の表情は乏しく、ただ一点に帝都を眺めていた。
その男は痩せ細ろえはいるが、その覇気は衰えてはおらず、刀を立て、座っているその姿は武士のようだ。
誰だろうかと近づく。
顔が見えそうになった瞬間。
鈴の音が聞こえた。
目が覚める。
舷窓を覗けばそこには青い海と、遠くに見える巨大な灯台。『メディアの大灯台』だ。俺たちはヴェネクトに帰還したのだ。
ヴェネクトまであと2,3時間だ。いつもなら俺も着岸の準備をしているが今俺はやる仕事がない。
昨日寝る前にベルハルザが今日の着岸の準備をすべて行っていたからだ。
着岸時は船上に出て荷下ろしを行うがそれまでは暇だ。
さて……。何をしようか。アリシアは今絵の練習で集中している。邪魔するのも悪いだろう。
久しぶりの自分の時間だ。
自分の時間といっても特にやることもないのだが。
取りあえずいつも道理だ。
そう思いながら伝承集を手に取り、適当にページをめくった。
~~赤竜『フォローザ』~~
第一紀625年
第一紀最大の野戦。『ルードの戦い』その戦場。ルードー平原に辿り着いた『フォローザ』率いる東方軍は最初の反乱者『ザルーツ』に頼まれ、東方軍ドワーフ1,000人からなる精鋭部隊『沈黙隊』と500人の『竜人部隊』と共にこれからやってくるアポーマーの各個撃破、および殲滅を開始した。
雨降る夜。南の海峡から来たアポーマの5,000人の軍隊に対して奇襲を開始した。
1,500人の反乱軍は寝静まる中、『沈黙隊』は行動を開始した。アポーマの奴隷となり、声の音が美しいと、不遜である。といわれ、喉を切られたドワーフたちは沈黙の中、アポーマたちの首を斧で切る。喉を切られた恨みをここで返さんと。
流石にアポーマーたちも気づき始め、隊列を組み、対抗しようとしたころ『竜人部隊』とフォローザは行動を開始した。
翼を広げ竜人は叫ぶ。
「我らを見よ。我らを見よ。復讐を果たさん。」
炎柱が巻き上がった。
東の地において龍神と契約を交わした人間種の奴隷たちは死んだ竜の心臓を食らう事を許され、竜人と化した500と1名は、蹂躙を開始した。
フォローザの手に持つのは遥か遠くに龍の信奉者たちが使用していたといわれる武器『刀』を手にし、指揮官の野営地に前に降り立ち、ゆるりと歩く。
戦士たちがフォローザに向かう。
帯刀している刀の鍔を左手で開け、腰を落とし、一閃。
するりと体が抜けた。
居合である。
戦士の体が落ちた時、指揮官の野営地からが紅が表した。
アポーマの偉大なる『宝石騎士』の一人。
背を超えた戦槌を持つ赤き鎧を身にまとう騎士は紅榴の『ダイロン』だ。
「貴様ら。これは何の狼藉か。」
『ダイロン』が叫ぶ。
『フォローザ』は答えない。
無視されて激高した『ダイロン』は戦槌を振り上げ、フォローザに迫る。
戦槌はのらりくらりと交わされる。右足、左足、軸を回り。舞のように。
戦槌を振り回す『ダイロン』は当たらない毎に激高を重ね、苛烈さは上がる。
その乱撃の一打。
横薙ぎの隙、足に刀を突き刺し、膝をついた『ダイロン』の首を刺しそのまま刀を横に薙ぐ。首は地面に落ちる。
『ルードーの戦い』の戦いに参加する筈だった紅榴の『ダイロン』とその配下5,000人は一夜にして消え去った。
この男こそが後の『フォーリア王国』初代国王にして、『統一帝国』初代皇帝。
赤竜の『フォローザ』である。
~~終~~
私たちはヴェネクトに着いた。カルロとアベーラさんは『きょーしょーどーめー』という所になにか報告に行っている。
今、私はベルさんと一緒に、ヴェネクトの街並みをスケッチしている。太陽も頭の上にありやることもなんにもない。二人に着いていこうとしたけれど「二人で散策してきな。勉強にもなるだろう」と言われたんだ。
何をしようかベルさんに聞いてみたが「…ついていく。」としか言わない。
しょうがないから絵を描く事にした。
スケッチするのはヴェネクトの街並み。この街は道というよりも川で町がつながっている。
小さい船を馬車代わりにして移動するんだ。
私は暗いところにずっといたからこういうきれいな所は残したい。いつか『アルバス』で連れて行ってくれたきれいな所も残したいんだ。
真ん中にはきれいな海があって、左の丘の上には大聖堂がある。右の崖の所には市場があって、赤や青のテントがあざやかだ。
今度行ってみたいな。
ここをスケッチする。ベルさんは私の隣で立っている。ずっと動かないんだ。
スケッチを膝で抱えながら『こくえん』で紙に下書きにしていく。
黒い細い線を一本、二本。
下書きができたら『しきさい』を加えていく。
海の青。空の青。壁の白。雲の白。
白黒の紙の上に色がついていく。新しい世界ができていく。
ベルさんに見てもらおうと横を向いたらベルさんはいなかった。
周りを誰もいなかった。
周りを見渡すアリシア。人の往来はあるところなのだが、今は誰もいない。
どこからか鈴の音が聞こえる。脇道からだ。
アリシアにも聞こえたのだろう。少し不安そうだが、音の鳴るほうに歩いていく。さっきまでの喧騒はない。
静かな海。静かな風。静かな商業都市である。
脇道の暗がりに差し迫ろうとしたときに後ろから鈴の音が聞こえた。
後ろには何もいない。
『上よ。上。ここ。』
猫がいた。
白い猫がいた。
『ここはどう?綺麗な所でしょう?』
猫が流暢にしゃべる。
『え、あ、?モフモフ!?って言葉……!』
猫が屋根から降りる。
『えぇ。私、分かるのあなたの言葉。大丈夫。安心して。』
優しく語りかけてくる。その言葉は、その抑揚は母のようで魔女の様だ。
『私ね。あなたに頼みがあるの。この紙をカルロっていう人に渡してほしいの。できるわよね。』
矢継ぎ早に話される言葉にアリシアは頷く。頷くしかない。
『ありがとう。』
そういった彼女は暗がりに進む。
暗闇に白い体が触れた瞬間。鈴の音が聞こえる。
アリシアはイスに座っていた。
「……どうした。」
隣にはベルハルザがいる。さっきのは何だったのだろうか。
アリシアはそう思いながら右手を見てみる。
手の中には紙切れが入っていた。
彼らには読めないが、彼には読むことができるであろう。
『『野望』とは終わらぬ大洋を渡る事。『憧れ』とは届かぬ太陽に手を伸ばす事。渡り届いた事を知らせる『同志』が居なくなった事だけが彼にとっての不幸であった。』